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中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」

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診療記録は誰のもの?…診療記録をスマートフォンで管理しよう

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 レストラン、百貨店、量販店など、われわれは、どの店でも自由に選ぶことができる。この品はこの店でしか販売していないとか、この料理はこのレストランでしか味わえないといった場合は別だが、たいていは行きたくなければ、その店に断りなく、自由に他の店を選択することができる。しかし、診療所や病院は、異なる病気で受診する場合を除き、無断で他を受診すると不都合な場合が多い。それは、CT検査や超音波検査などの画像データや種々の検査結果、そして病状の経過が診療記録として残されているからである。

 この医師は信頼できないと思いながらも、「他の病院に行きたい」と申し出ると立腹されそうで怖くて言えない、「セカンドオピニオンを聞きに行きたい」と申し出たところ、「それなら他に移ってくれ」と言われた例など、自分の診療情報を自分で管理できないために、不満を抱えながらも通院し続けている患者さんは決して少なくない。がんで長期間にわたって通院している場合、他機関を受診するのならば治療歴情報などを持参していくことは必須だ。新規に病気が見つかった場合などでも、同じ検査を繰り返すとなると、それに時間を取られている間に、病気が進行してしまうので不合理だ。

 東日本大震災時には、紙ベースのカルテが津波にさらわれたり、病院のコンピューターサーバーがダメージを受けたりして、多くの患者さんの診療情報が失われた。震災後に設置された復興会議には医療関係者が1人もいなかったことが象徴するように、復興計画では被災地の避難民の方に対する健康(体と心)に対する配慮がほとんどされなかった。また、診療情報の喪失に際してのバックアップシステムなど、今後起こるかもしれない大震災に対しての備えという観点からも、診療情報管理体制の整備が不可欠である。

 世界的に見て、グーグルやアップルなどのIT産業が医療産業への進出を図っている。大規模情報が蓄積され、それらを基に、より適切に治療法の選択を行っていく時代が目の前に迫っている。こんな時代だからこそ、「診療情報は誰のものか」を考えることが重要である。私は以前から訴えているが、診療情報は患者さん自身に所属するものと考えている。


医療費抑制には大規模データの活用を

 ITのシステムがここまで進んでくれば、スマートフォンに自分自身の診療情報を保管しておくことなど難しくはない。もちろん、自分で保持している個人情報に対する管理義務は患者さん自身が負うことになる。それに加え、クラウドコンピューターなどにバックアップの情報を管理することも必要となる。あるいは、クラウドコンピューターで直接管理して、受診時に患者さんがアクセスし、医療従事者と情報を共有する方法も可能である。ただし、事故や急病で意識がなくなった場合に、誰がどのような形で、その患者さんの診療情報にアクセスできるのかなど、いろいろな想定をしておく必要がある。

 いずれにせよ、診療情報を個人が管理すれば、(1)医師の顔色をうかがうことなく、他の医療機関を受診できる(2)大震災が起こっても診療情報を喪失することがなくなる(3)出張先や旅行先での急病や急変にも適切な対応をしてもらうことができる(4)医療機関は医療の質を相互監視していることになり、医療の質が向上することになる。

 本当は、大規模医療情報を国が管理して、匿名化した形で医学研究に生かすことができればもっといいのだろうが、これだけ情報が流出して騒がれている状況では、プライバシー擁護派が大反対するので難しいだろう。自分の利益になるのかどうかわからないのに、勝手に利用するなどとんでもないと非難を受けるだろう。研究を審査する倫理委員会でも、「この研究をすることによって患者さんにどんな利益があるのか?」をオウムのように繰り返す人権派と称する人たちがいる。これを聞くたびに、日本人はいつからこんな利己的になってしまったのかとうんざりした。医学研究がそんなに簡単に進めば、今頃、病気など世界から消えているだろう。

 多くのがん患者さんは、話をすると「自分の役に立たなくても、同じ病気の人に役立てればいいです」と、私たちを温かく励ましてくれる。医療の質を落とすことなく、高騰し続ける医療費を抑制するには、大規模データの活用による医療の効率化・安全化を図ることしか道はない。「診療情報を患者さん自身のもの」にして、21世紀の医療への大きな変換点にしてほしいと願っている。

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中村 祐輔(なかむら ゆうすけ)

1977年大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部付属病院外科ならびに関連施設での外科勤務を経て、1984-1989年ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員、医学部人類遺伝学教室助教授。1989-1994年(財)癌研究会癌研究所生化学部長。1994年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。1995-2011年同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005-2010年理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年内閣官房参与内閣官房医療イノベーション推進室長を経て、2012年4月よりシカゴ大学医学部内科・外科教授 兼 個別化医療センター副センター長。

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