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佐藤記者の「新・精神医療ルネサンス」

コラム

放置された指定医の暴走

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 川崎市の聖マリアンナ医大病院で、強制入院(措置入院、医療保護入院など)が必要かどうかを判定する精神保健指定医の資格不正取得問題が発覚し、4月15日、厚生労働省が20人(不正取得者11人と指導者9人)の指定を取り消す異例の事態となった。資格取得には8症例のリポート提出が必要だが、不正取得者は他の精神科医の症例を使い回し、自分があたかも担当したかのように装っていたという。

 尾崎承一院長はこの日の記者会見で「手続き上のミスではなく、医師の倫理や法律順守の問題。医師教育に落ち度があり、おわびしたい」と語った。憲法が保障する「人身の自由」を制約し、監禁や拘束を合法的に行える力を特別に与えられた人々が、実はそもそも、倫理感や法律順守の意識を持ち合わせていなかったというのだから、「最近よくあるコピペ問題」では済まされない。彼らは、指定医の重い職責をどう捉えていたのだろうか。

 精神保健指定医の仕事ぶりを取材する度に、私は人の世のゆがみを思い知らされてきた。お年寄りの財産を狙い、重い認知症だと医師にウソをついて精神科病院に長期入院させようとたくらむ親族がいる。家庭内不和の解決手段として、健康な家族を「精神病」と決めつけ、精神科医に入院の相談をする人々がいる。「患者」扱いされた人よりも、入院を依頼しに来た家族の方が、実は心を病んでいたという例もある。

 このような悪巧みや不当な訴えを見抜き、不必要な入院や拘束を防ぐことも精神保健指定医の重要な役割だ。指定医は患者の人権を守る最後のとりでなのだ。実際、的確な診断や状況判断で人権侵害を未然に防いだ経験のある指定医は少なくない。だが、残念なことに指定医の実力もピンキリで、家族のウソを真に受けて、本人を診ていないのに強制入院が必要だと決めつけ、鍵付きの保護室を空けて待つ指定医もいる。屈強な搬送業者に拉致されて本人がやってくると、この種の指定医は、診察室での本人の反応を全て精神疾患に結びつける。

 例えば、あなたが診察室で「なんでこんなことをするんだ」「私は病気じゃない」「もう帰る」「訴えてやる」と怒ったとしよう。すると「不穏」「興奮」「病識(自分が病気であるという認識)がない」などとカルテに書き込まれ、病気の証しにされてしまう。では、変な解釈をされないように黙っていればいいのかと言えば、それも危うい。「緘黙かんもく」という症状にされ、統合失調症に結びつけられた人もいる。

 突然拉致され、精神科に連れて来られたら怒るのはあたり前で、病気ではないのだから病識などあるはずがない。しかし、人権意識や倫理観、想像力が欠如し、いつも患者を見下して、自分の思い込み診断を押しつけるばかりの危ない指定医には、道理は通じない。

 更に問題なのは、このような不当な移送や強制入院が、近年も度々発生していたにもかかわらず、国や自治体は十分な調査や対策に乗り出さなかったことだ。被害者が繰り返し文書を送るなどして対策を求めても、役人たちは何もしなかった。不当な強制入院例や行政の逃げ腰対応は、拙著「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)に詳しいのでお読みいただきたい。

 

「リポート目的の強制入院」の指摘も

 精神保健指定医は、学会が認定する専門医ではなく、その大きな権限ゆえに、厚生労働相が精神保健福祉法に基づき指定する。医師として5年以上、精神科医として3年以上の臨床経験を持つ医師が、8症例のリポート提出と研修を受け、審査に合格すると指定される。2013年末時点の指定医は1万4630人。この資格を得ると、外来診療でも診療報酬が増えるなど、診療報酬上の優遇措置が拡大してきたため、入院施設のないクリニックの開業を考えている若手精神科医も、取得を目指す資格になっている。そうしたこともあり、指定医の本分である「人権擁護」のためではなく、金や見栄のための取得が増えているようだ。

 この資格は、社会に衝撃を与えた栃木県の「宇都宮病院事件」(1984年)をきっかけに、1988年に誕生した。看護職員の度重なる暴行で患者が死亡するなどしたこの陰惨な事件は、国連でも取り上げられて国際問題となった。慌てた国が打ち出した人権擁護策の一つが、措置入院(都道府県知事による強制入院)のみならず、医療保護入院(家族などの同意で行う強制入院)などにも関与する精神保健指定医の創設だった。それまであった精神衛生鑑定医(措置入院を判定)の資格は、一定の臨床経験を持つ精神科医であれば申請で取得できたが、精神保健指定医は、統合失調症や認知症、依存症など多岐にわたる8症例のケースリポートを求められるなど、厳しい取得要件を課せられることになった。

 だが、制度の変更前に精神衛生鑑定医になっていた精神科医は、移行措置という特例でそのまま精神保健指定医になることができた。新制度の施行直前、移行措置を狙って駆け込みで精神衛生鑑定医になる医師も多かった。2003年に発行された雑誌「精神医療」(批評社)の特集記事「指定医制度の行方」(浜垣誠司氏)は、こう指摘している。「この現象は当時いささかの揶揄やゆをこめて『駆け込み鑑定医』と呼ばれ、実に6000名を超える人々が、この時期にこうして指定医となった」。

 精神保健指定医制度は、誕生して間もない時から形骸化が指摘されていた。指定医を取得していない若手精神科医を対象とした1990年の調査(非指定医・研修医交流会のアンケート調査)で、興味深い結果が報告されている。患者の入院などで、指定医の判断が必要な状況になった場合、「必ず指定医を呼ぶ」という回答は16%に過ぎず、54%は「追認」と答えたのだ。判定資格のない医師がとりあえず強制入院を決め、指定医が後でつじつまを合わせるご都合主義的な対応が、極めて不適切な入院につながったケースは最近も表面化している。

 前述の特集記事は、こうも指摘している。「ケースレポート症例として利用するために、本来ならば任意入院でもよい患者を、医療保護入院あるいは措置入院にしてしまう場合があるという衝撃的な報告もあり、昭和40年代に入院費の公費化のために増加した措置入院が『経済措置』と呼ばれたことにならって、一部では『研修措置』という言葉まで生まれたという」。8症例のケースリポートの中には、子どもの強制入院症例も必ず加える必要がある。腹黒い強制入院の被害が子どもにまで及んでいないことを願いたい。

 今回の聖マリアンナ医大の問題を受け、複数の専門家が、資格審査の形骸化を指摘した。だが、問題はそればかりではない。強制入院制度と人権擁護の仕組み自体も形骸化しているのだ。資格審査の再検証と体制の見直しは当然として、日々行われている強制入院の審査、検証体制も、実効性のある仕組みに変える必要がある。腰の引けた行政の対応には、もっと厳しい目を向けることも欠かせない。

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佐藤光展(さとう・みつのぶ)

読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。趣味はマラソン(完走メダル集め)とスキューバダイビング(好きなポイントは与那国島の西崎)と城めぐり。免許は1級小型船舶操縦士、潜水士など。神戸新聞社社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、2003年から医療部。日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会などの学会や大学などで講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)など。

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