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中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」

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ビル・ゲイツが語る「エボラ出血熱から学んだ教訓」

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 医学誌「New England Journal of Medicine」4月9日号に、「次なる感染症へ:エボラ出血熱から学んだ教訓」という表題で、マイクロソフト社創設者のビル・ゲイツ氏へのインタビュー記事がまとめられていた。20世紀にはスペイン風邪(インフルエンザ)やHIV感染症によって世界中で1000万人を超える人が亡くなったし、新しい感染症がいつどこかで起こってもおかしくない。それが自然に発生するのか、バイオテロによって起こるのかはわからない――というイントロダクションから始まり、エボラ出血熱の流行を振り返って(まだ、完全に終したわけではないが)、いくつかの提言がされていた。

 国際的に感染症流行を警告し、それに対応する体制を構築する必要があり、それには以下のような体制づくりが重要だと提唱されている。

(1)十分な権限と効率的に運用可能な資金を付与されている世界的機関による調整

(2)迅速で国際的な意思決定の仕組み

(3)感染症研究開発への投資拡大と新規の治療法やアプローチを行うための規制システムの明確化

(4)早い段階での警告や発見システム(感染症の拡大を毎日正確に捕捉することができるシステムなど)の改善

(5)訓練された専門家やボランティアの予備部隊の整備

(6)低所得国・中所得国の医療保健体制の改善

(7)感染への対応を改善するためのプロセスの確認とそれに向けた十分な訓練



 今回の流行では当初、十分な準備ができていなかったことによる対応の遅れは明確である。特に、派遣する要員のトレーニングを流行が拡大してから行っていては手遅れになるのは確実だ。論文でも、ある国は医療要員の派遣に2~3か月かかったとの批判があった。

 また、新規医薬品の検証にも触れている。

 今回の場合、人での安全性が確認されていない医薬品が利用されたことに対する批判があったが、これまでの経験による致死率50~90%という高さを考える必要がある。新規医薬品の検証に際しての基準は、その疾患による死亡(重篤な後遺症)のリスクと動物実験から期待できる効果とのバランスで決められるべきである。

 死亡に至るまでの時間も重要な要因だ。

 軽度の糖尿病に対する臨床試験と、このように致死率が高く、時間の余裕もない感染症では当然、その基準を同列に扱うことはできない。人におけるデータがないと、エビデンス(証拠)がないと断定的に言う人たちがいるが、この人たちは無知と言わざるを得ない。知識と理解力が欠如している。何らかの科学的なエビデンスがあるからこそ、人で臨床試験が可能となるのだから。

 エボラ出血熱の場合、空気感染がなかったし、遅ればせながら監視体制が整備されたので、世界的な流行には至らなかった。しかし、エボラ出血熱のように致死的で、かつ、空気感染で拡散するような新規感染症が流行した場合にはどうなるのか、そのような状況を想定した準備は不可欠である。


日本の若者よ、世界に目を向けて行動を

 このビル・ゲイツ氏のインタビュー記事で驚いたのは、現在利用されている薬剤の“repurpose”(再目的化)にもコメントが及んでいる点である。この薬剤の“repurpose”とは、今、広く利用されている薬剤が、他の病気の治療に利用できないかを検討することを目的としたもので、世界的に研究が進められている。広範に利用されている薬剤は、すでに安全性が確認されているし、ジェネリックがあれば、安価で利用できる。

 抗インフルエンザ薬がなぜ、エボラ出血熱治療に利用できるかの原理は本欄でも紹介したが、新規感染症が発生した場合、これまでの感染症治療薬が新規感染症治療に応用できる可能性を探るのは、もっとも近道である。それ以外の薬剤でも、転用可能であれば、人に安全かどうかなどの議論で時間を無駄に費やさなくてもいい。

 さらに東日本大震災の際、被災地の避難所などの密集した場所での感染の急速な拡大を防ぐため、米国が申し出たノロウイルスワクチンの提供を、日本では承認されていないと断った例がある。幸い流行しなかったのでよかったが、危機管理として適切だったのかどうか疑問である。大震災時の感染症流行対策など、国としての危機管理体制の確立も重要だ。

 もちろん、国際的な責任を担う観点からも、日本における体制の整備はきわめて重要である。そして、この論文を読んで強く感じたことは、日本国内にゲイツ氏と同列の議論ができるような企業家、政治家が果たしているのだろうかという点である。

 限られた範囲ではあるが、私がこれまでに話をする機会があった人物には、このような国際的な観点で医療を語ることができた人は皆無だ。研究者にいたっては、大半が、井戸の底から空をのぞいているような視野狭窄きょうさくだ。若者は、もっと世界に目を向けて行動を起こしてほしい。

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中村 祐輔(なかむら ゆうすけ)

1977年大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部付属病院外科ならびに関連施設での外科勤務を経て、1984-1989年ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員、医学部人類遺伝学教室助教授。1989-1994年(財)癌研究会癌研究所生化学部長。1994年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。1995-2011年同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005-2010年理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年内閣官房参与内閣官房医療イノベーション推進室長を経て、2012年4月よりシカゴ大学医学部内科・外科教授 兼 個別化医療センター副センター長。

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