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佐藤記者の「新・精神医療ルネサンス」

コラム

ギャンブルと恋愛は似たもの同士?

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 不安やうつなどの精神的な症状の多くは、環境の変化や時間の経過と共に自然に治まる。こうした症状に早々と「深刻な病」のレッテルを貼り、的はずれな治療を行うと、かえって治らなくなってしまうことがある。好きなことにのめり込んでいくギャンブル依存症(ギャンブル障害)もその一つだ。

 2014年8月、ギャンブル依存症に関する衝撃的な調査結果が公表された。国立病院機構・久里浜医療センター院長の樋口進さんが代表を務める厚生労働省研究班の2013年調査(2008年にも同様の調査を実施)で、ギャンブル依存症の疑い例が成人男性の8.7%(438万人)、成人女性の1.8%(98万人)にのぼると推計されたのだ。男女を合わせると、成人の4.8%(536万人)に疑いがあるという計算になる。欧米の調査では、疑い例は成人の1%前後なので、日本の多さが際立つ。カジノ法案を巡る議論の高まりもあり、ギャンブル依存症対策を求める声が強まった。

 ギャンブル依存症の治療体勢の充実は急務だ。だが、過剰な診断はマイナスの影響をもたらす。536万人という推計数を、どう受け止めればよいのか。久里浜医療センターでギャンブル依存症治療に取り組む精神科医の河本泰信さんに話を聞いた。

 河本さんはまず、推計数についてこう指摘した。「研究班が調査で用いた質問票は、米国での調査を想定して作られました。パチンコ店が繁華街に数多くあり、気軽に立ち寄れる日本でこの調査票を使うと、実態以上に疑い例が増えてしまう。ギャンブル依存症は一生治らない病気のように言われますが、それは誤りで、多くは一時的なのめり込みです。海外の研究では、大半の人が自然にやめるか、問題のないギャンブル習慣に戻るという結果が出ています。本当に深刻な人は、この推計数の1割ほどではないかと考えています」


ギャンブルOKの依存症治療

 このような考えに基づき、河本さんが久里浜医療センターで始めた治療が「ギャンブルを禁じないギャンブル依存症治療」だ。患者の自然治癒力を生かすことに主眼を置いている。夕刊こころ面で昨年取り上げた河本さんの症例を、再度紹介する。

 患者は60歳代の女性。10年ほど前から競馬にはまり、250万円失っても懲りず、借金で競馬を続けていた。2014年、家族の勧めで久里浜医療センターのギャンブル外来を受診し、カウンセリングを受けた。

 「競馬は投資。やめない」。女性は最初、かたくなな考えを示し、「今後の生活資金が足りないので競馬で増やしている」と目的を語った。だが、それは複数ある目的の一つに過ぎず、河本さんが対話を続けると「お金を増やして周囲の人を助けたい」と別の目的を明かした。動機が金銭欲だけならば、負けが続くと我に返ってやめられるが、名誉欲の一種の「お世話欲」の充足まで競馬に求めたため、没入するようになってしまったのだ。

 河本さんは競馬をやめろとは言わず、続けるための条件を示した。「競馬の目的を一つに絞ること」。金銭欲なり、暇つぶしなり、一つの目的だけで行っていれば、病的な状態には陥らないとの考えからだ。加えて河本さんは、女性のお世話欲を別の形で満たすため、ボランティア活動を勧めた。

 女性は地域の世話役を始めた。すると競馬への興味が薄れていった。金銭欲の面でも「負け続きで割が合わない」と感じ、つき物が落ちたかのように急速に回復した。



 ギャンブルにのめり込んできた人の脳は、高揚感や興奮を引き起こす神経伝達物質のドーパミン、ノルアドレナリンの感受性が低下していると考えられている。感受性の低下によって、最初はすぐに得られた快感が次第に鈍り、同様の快感を得るためにより頻回のギャンブルを必要とするようになる。このような脳の変化が、ギャンブル依存症を「脳の病気」とする根拠になっている。この女性も、詳しく調べればギャンブルに対する感受性低下が確認されるかもしれない。

 こうみると、ギャンブル依存症はいかにも病的な感じだが、河本さんは「実は恋愛も同じ」と言う。恋愛感情は最初、熱く、激しく燃え上がる。ところが、残念なことに長続きしない。出会った頃の胸の高鳴りや高揚感を保とうとすると、涙ぐましい努力が必要になる。依存症に関連する遺伝子や脳機能の最先端研究にも取り組む河本さんは「恋愛も、脳機能を継続的に調べれば感受性の低下が確認できるはず」とみる。再び恋愛で高揚感を得たければ、新たな相手との恋に突っ走るしかない。

 のめり込みを特徴とするギャンブル依存症を全て病気と定義づけると、熱烈な恋愛も病気になってしまうようだ。確かに、後で振り返ると「熱に浮かされていた」「尋常ではなかった」「若気の至り」と感じる恋愛経験を持つ人は多い。ギャンブル依存症は金銭が絡むため、悪影響が本人以外にも及んで問題が深刻化しやすい。だが、激しいのめり込みや慣れによる刺激の低下、という観点から見れば、ギャンブル好きな人の脳内の変化は病気の証しではなく、よくある普通の反応と言えるのかもしれない。


医師の決めつけで悪化も

 だから大半の人は、時間の経過と共に別の楽しみを見つけてギャンブルを自然にやめたり、頻度を減らしたりできる。ところが、相談を受けた医師が軽々に「一生治らない」と決めつけ、一方的にギャンブル禁止令を出すと、やっかいなことになる。「ギャンブルを禁止された人は、自分が依存状態だと認めたくないので、自分の意思でギャンブルの頻度をコントロールできることを示そうとする。そしてますます、ギャンブルの深みにはまっていく」と河本さん。安易なレッテル貼りが、より深刻な結果を生み出してしまうのだ。

 治療者に求められる対応は、当事者がギャンブルで満たそうとしている様々な欲求を理解、整理し、別の手段や、適度なギャンブルで満たせるように導くことだ。しかし、そのような対応ができる医療機関は極めて少ない。患者がギャンブルをなかなかやめられない原因を、自らの治療戦略の問題と捉えるのではなく、患者の意志の弱さや人格のせいにしてしまう医師も存在する。

 だが一部には、本当に治りにくい患者もいる。脳機能に何らかの共通の変化が起こっている可能性があり、河本さんらが遺伝子研究を進めている。また、自己評価が著しく低い人は回復しにくいことが知られている。日常生活では満たされない達成感や優越感の充足、現実逃避の欲求などまでギャンブルに求め、のめり込んでしまうのだ。

 河本さんが「自己治療のためにギャンブルをするタイプ」と呼ぶこのような人たちに、「治らない」「意志が弱い」というレッテルを貼ると、自己評価がますます落ち、症状がこじれていく。こうした患者に対しては、自己評価の低下を引き起こした原因を探り、克服へと導く対応が必要になる。専門のカウンセリングや、依存症に特化した認知行動療法などの効果が期待されている。

 カジノ法案の展開にもよるが、ギャンブル依存症は今後、話題に上る機会が増えていくだろう。だが、新たな治療戦略が「兆候のある人たちをいち早く精神科につなげ、やめさせる」ことだけで終わってしまったら、あまりにも危うい。


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佐藤光展(さとう・みつのぶ)

読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。趣味はマラソン(完走メダル集め)とスキューバダイビング(好きなポイントは与那国島の西崎)と城めぐり。免許は1級小型船舶操縦士、潜水士など。神戸新聞社社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、2003年から医療部。日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会などの学会や大学などで講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)など。

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