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中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」

yomiDr.記事アーカイブ

高齢化社会が直面する高齢者がん治療

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 2月18日に東京大学医科学研究所で、日本のがん医療に関する課題について「これでいいのか、日本のがん医療」のタイトルで講演会を行った。講演では

1.画期的ながん新薬が生まれにくい土壌
2.がん免疫療法への対応
3.「標準療法」という名の「マニュアル化医療」
4.致命的に遅れた医療のオーダーメイド化


 の4項目について紹介した。

 時間に限りがあったこともあるし、他の演者の内容と重なっていたので、私の講演では触れなかったが、これ以外にも、がん予防の推進、がん患者増と外科医不足、医療費の高騰(特に高額な新規分子標的治療薬)などに加え、医療従事者と患者、あるいは、専門家と一般医療従事者の知識ギャップの拡大問題もある。

 また、3番目のテーマと一部重複するが、高齢者に対するがん治療問題も考えておく必要がある。マニュアル化された医療のため、多くのがん患者さんやその家族が治療を求めてさまよっている現実を重く受け止めなければならない。講演で話をした項目は次回以降にまとめることにして、今回は高齢化社会が直面する高齢者がん治療について話を進めたい。

 一般的に、医療側は高齢者、特に80歳以上の高齢者に対する治療には消極的だ。高齢になればなるほど、肝臓や腎臓の機能が悪化し、心臓病や脳血管障害・呼吸機能の低下などの病気を持つ人も多くなる。手術の場合、術後ベッドに長く寝ていると、運動機能が急激に低下する。その結果、手術前には自分の身の回りのことが自分でできていたのに、要介護の状態になることもある。一旦いったん低下した筋力を回復させるのは難しい。

 また、肝臓や腎臓の働きが悪いと、抗がん剤の解毒(主に肝臓で作られる酵素によって、毒性が弱められる)や排泄はいせつ(肝臓や腎臓から、胆管や尿管を通して排泄される)が悪くなる。すると、体内に高い濃度の薬剤が残るため、肝臓や腎臓の働きがさらに悪くなる。血液を作り出す骨髄中の細胞への悪影響も強くなり、白血球が大幅に低下するし、その回復も遅いことが少なくない。もちろん、放射線治療に対する悪影響も強く出る。


「高齢者だからできない」では不幸を生むばかり

 問題をさらに複雑化しているのは、老化速度の個人差である。20歳代でも多少若く見える人、少し老けて見える人の差はある。しかし、50歳くらいになると見た目の違いはさらに歴然としてくる。30歳代としか思えない人も70歳くらいの容貌の人もいる。最近は顔の若返り治療が進み、顔貌が正確にその人の肉体年齢を表しているとは限らないが、年齢を重ねるほど、肉体年齢の個人差は間違いなく大きくなる。上述したように、どんな病気を患っているかによっても、治療による効果や副作用に影響する。

 このような個人差を背景にして、治療法を選択し、その人の人生の質を損なわずに、最大限の効果を期待できる治療法を選択する方法を考えねばならない。2か月間長生きできたが、3か月間を病院で生活し、その後は寝たきりになってしまうような治療が、患者さんや家族を満足させるとは思えない。

 米国では、高齢者に対するがん治療法を考える分野が急速に進展し、組織化されている。前立腺がんのホルモン療法によって生ずる筋力低下などは社会的にも大きな関心の的になっており、持続的な運動療法によって筋力低下を防ぐことも試みられているが、その効果は定かではない。

 確実に言えることは、生年月日で、これ以上、これ以下といって簡単に線を引くのは時代遅れだということである。高齢者だから何もできない、しないというのでは、これからの高齢化社会では不幸を生むばかりである。患者さんや家族の考えを尊重しつつ、科学的にその患者さんの状況を評価して、最善の方法を探り出していく、そんな「高齢者のがん医療」の確立が急がれる。

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コラム_中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」_アイコン80px

中村 祐輔(なかむら ゆうすけ)

1977年大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部付属病院外科ならびに関連施設での外科勤務を経て、1984-1989年ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員、医学部人類遺伝学教室助教授。1989-1994年(財)癌研究会癌研究所生化学部長。1994年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。1995-2011年同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005-2010年理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年内閣官房参与内閣官房医療イノベーション推進室長を経て、2012年4月よりシカゴ大学医学部内科・外科教授 兼 個別化医療センター副センター長。

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