神戸大医学部付属病院 認知症
深化する医療
(下)地域に橋渡し 途切れぬ支援
根本的な治療薬がない認知症では、多くの患者が長い期間、病気と向き合いながら暮らすことになる。神戸大病院(神戸市中央区)は、患者が住み慣れた自宅で健やかに暮らせるよう、地域の医療や福祉との橋渡しにも力を入れる。
■ □

「認知症予防には、歩きながら計算をするなど、運動と頭の体操を組み合わせた運動が効果的です」
昨年6月、認知症について学ぶ合同研修会が同病院内のホールで開かれ、地元の医療、福祉関係者ら約270人が参加した。
同病院は、神戸市から「認知症疾患医療センター」に指定された2009年以降、年に2回、こうした合同研修会を開いている。8回目となるこの日は、認知症の予防や治療について最新の研究を知ってもらおうと、国立長寿医療研究センター(愛知県)の専門家を招いた。参加者からは「参考にしたい」などの声が上がった。
神戸大病院が認知症専門外来で診察する患者は、年間で延べ約4000人。受診まで1か月以上待つことも多い。このため通常は、3~4回の来院で診断と検査を行い、投薬などの治療方針を定めた後は、地元のかかりつけ医に治療を委ねている。
だが、医師や看護師に認知症の治療経験や知識が少ない場合もある。合同研修会は、最新の知見を提供し、地域の医療レベルを押し上げる狙いがある。
対応が難しい患者について月1回開く症例検討会にも、開業医らの参加を積極的に受け入れている。
神戸市中央区の「若栄クリニック」院長の若栄徳彦(57)は02年の開業以来、年間約180人(初診)の認知症患者を診療するが、認知症の種類の判別などが難しい場合、患者の脳の磁気共鳴画像(MRI)などのデータを持って症例検討会に参加し、アドバイスを受ける。
「レベルの高い医師から、病気の判断や投薬の方法などのアドバイスをもらえるのはありがたい」と若栄は話す。
■ □
在宅で介護などの支援を受けられるようにするのも大きな役割だ。
認知症専門外来で患者や家族の相談窓口を務める精神保健福祉士の前田八重子(54)によると、核家族化が進む中、高齢となった親の面倒を子供が見られず、認知症と診断された時に「どうすればいいの」と途方に暮れるケースが増えている。
昨秋、兵庫県内で一人暮らしをする70歳代の女性が、親族に連れられて神戸大病院に来た。親族によると悪徳商法の被害に遭いかけたという。診断は初期のアルツハイマー型認知症。だが、一人息子の長男は遠方で暮らし、親族も仕事で世話が十分できない。女性には、かかりつけ医と呼べる医師もいなかった。
介護保険の知識もなく、不安がる長男や親族に対し、前田は、女性が自力で通院できる病院探しを手伝い、自治体が設ける高齢者の相談窓口「地域包括支援センター」を紹介した。女性はセンターの職員らの支援を受け、今では地域のサークルに参加しながら、旅行なども楽しんでいるという。
前田は「患者さんが10年、20年と病気と付き合っていくことを考え、『途切れない支援』を受けられるようにしたい」と話す。
同病院精神科神経科の医師、山本泰司(49)は専門外来の発足当初、正確な診断で薬を決めれば全てうまくいくと思っていたという。だが、今は少し考え方が変わった。「認知症は慢性的に進行し、同じ人でも5年もたてば随分と変わる。医療だけでなく、その後の介護についても早いうちに方針を定め、家族が疲弊しないようにすることも重要だ」。急速に進む高齢化社会で、認知症とどう向き合っていくか。医療関係者らが手探りで取り組みを続けている。(敬称略、米井吾一)
(「深化する医療」は今回で終了します)
【関連記事】