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佐藤記者の「新・精神医療ルネサンス」

コラム

秘匿体質を変えよう

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 精神科には、情報を「隠す」ことをよしとする考えが根付いている。現代医療は、治療を受ける患者への丁寧な情報提供と同意を大前提とし、もし怠れば、肝臓手術問題の群馬大学のように猛烈な批判を浴びかねない。それなのに、精神科に染みついた秘匿体質はなかなか変わらない。

 薬の副作用など、治療のリスクも丁寧に説明する精神科医は増えてきているようだが、真逆の医師もまだしぶとく存在する。長く通院していても、正確な病名すら告げられていないケースが今もある。国の研究班報告や法規制、薬の安全性速報、学会報告などに基づく新聞記事を読み、薬のリスクを初めて知った患者が主治医に相談すると、「そんなものは読むな」と怒られる例が絶えない。そのような主治医は決まって、あらゆる報道を一緒くたにして「患者を不安にさせる記事が悪い」とオチをつける。「こんな記事を書く記者は反精神医学のカルトだ」とふれ回る精神科医もいるので、開いた口がふさがらない。

 患者になぜ正しい情報を伝えないのか。「病名を伝えたら悩んで悪化する」「薬の副作用を知ったら怖がって飲まなくなる」などと語る医師もいるが、それこそが患者軽視の不当な決めつけ、レッテル貼りというものだろう。説明が難しい患者に対しても、伝え方を工夫していただきたい。

 2月の記事で紹介した患者調査からも分かるように、患者は何よりも、医師の説明不足に不安や不信感を募らせている。副作用のリスクも、治療期間や回復の目安も、何も告げられないまま投薬だけが続けば、不安障害の患者でなくても不安になる。根拠のある処方をしている主治医ならば、患者からのアプローチは信頼関係を深める絶好の機会になるはずだ。薬に関する患者の疑問に、怒号や無関心で応えるのではなく、副作用よりも効果が上回っていることをきちんと説明していただきたい。

  精神科は治療成績の公開でも、他の診療科と比べて著しく遅れている。「出足が遅れた」というレベルではなく、スタートラインにすら立てていない。私はこれまで、精神科がある全国の病院を対象に、投薬の状況や治療体制などを聞くアンケート調査を3度行った。統合失調症の入院患者に、抗精神病薬を1種類だけ使って治療する割合「単剤化率」や、提供できる心理療法の種類などを病院名と共に一覧にし、大きな反響を得た。だが、アンケートの回答率は満足できるものではなかった。総合病院や公立の精神科病院からは多くの回答があったものの、民間の精神科病院からほとんど返信がなかったのだ。強制力のないアンケートには、このような限界がある。


学会で情報開示がやっと話題に

 しかし、悲観的な話ばかりではない。今年3月、富山市で開かれた「第34回日本社会精神医学会」で、精神科としては画期的なシンポジウムがあった。タイトルは「市民に治療成績を開示する意義」。滋賀医大病院の精神科医、稲垣貴彦さんが取りまとめ役を務め、稲垣さんを含む4人が講演した。

 稲垣さんがまず、精神科の情報開示のお寒い現状を説明。「主要ながんであれば、インターネットを検索するだけで、国内の患者の5年生存率や、各医療機関の治療成績が簡単に手に入る。ところが『精神科 治療成績』と入れて検索しても、せいぜい在院日数と受け入れ患者総数くらいしか入手できない。これでは、患者はどこを受診したらいいのか分からない」と問題提起した。更に「精神疾患の啓発活動は盛んになったが、治療すればどうなるのか、ということについては皆なぜか口をふさぎ、治療結果に関する情報はほとんど流布されていない」と指摘した。

 生命倫理学的な視点から「治療成績を知る患者の権利」について話した北村メンタルヘルス研究所の精神科医、北村俊則さんは「治療の効果や副作用(合併症)は医療機関や医療者個人に依拠する部分が大きい。したがって、各医療機関や、できれば個々の医療者の治療成績が公開され、これを閲覧することは患者の権利であり、医療者の責務である」と訴えた。更に、特に重要な事項として以下の4点を挙げた。

 開示すべき情報は患者に理解できるものでなければならない。特に、治療しなかった場合の経過(自然治癒)

 自己決定権は「愚考権」でもあるので、患者がエビデンスには沿わない決定をした場合も医療者がそれに従う

 患者の自己決定を促す手法を活用する(目に見えない強制の排除)

 医療保護入院・措置入院などの強制医療においても患者の治療選択を尊重する



 を実践した場合、患者が明らかに不利益な選択をしても、医師はそれに従うべきなのか。そのような質問に、北村さんは「時間をかけて説明すれば、合理性に欠ける判断をする人はほとんどいない。私の経験では1例だけ。心理療法で対応するのがよいケースだったが、『何も話したくないので薬が欲しい』と訴え続けた。ほかの医療機関を紹介することになった」と話した。


滋賀医大がネット公開始める

 では、どのような治療成績を開示すればいいのか。見えない心を相手にする精神科は、身体を診る診療科のような客観的な検査法がなく、医師が判断する回復度評価には恣意しい的な操作が入る恐れがある。そこで稲垣さんが考えたのが、目に見える成果の開示だった。

 滋賀医大病院精神科のインターネットサイトにある折れ線グラフ「不登校離脱率」が、その第一弾。2012年に思春期青年期外来を受診した不登校の患者38人のうち、受診後4か月で約半数、半年で82%が、不登校から離脱して授業を受けられるようになったことを示している。まだ少数の患者の結果に過ぎず、グラフを補強する情報も不足しているが、不登校の子や親にとっては病院選びの重要な手がかりになるだろう。稲垣さんは「治療成績の集計と開示は、我々が提供している治療法を改めて検証するよい機会にもなる。今後、病院選びの参考になる情報を多く開示し、他の病院にも波及するように努力したい」と話す。

 シンポジウムでは、がん治療などの際の外科医の説明と比べ、精神科医の対応があまりにもお粗末なことに話題が及んだ。この差が生じる理由について、シンポジストから「がん治療は診療報酬が多いので、外科医が説明に1時間かけても十分にペイできる。精神科の治療は診療報酬が少なく、同様の対応は難しい」との声があがった。診療報酬の問題は、確かに大きい。良心的な精神科医が、薬の説明や精神療法に時間をかければかけるほど、首を絞められていく状況はとても見ていられない。良い医師が報われる仕組みが必要だろう。

 だが、会場で討論を聞いたNPO法人の関係者からは、シンポジウム終了後、次のような指摘もあった。「がん治療は患者を確実に治している。回復して社会に戻った人は、また働いて税金を納めるなど社会に貢献している。だからこそ、国民はがん治療に多くの診療報酬を払うことを認めている。精神医療はどうか。患者を本当に治せる医師はどれくらいいるのか。抑うつ状態で精神科にかかっても治らず、休職や転職を繰り返し、結局、働けなくなる人が多い。まずは患者をきちんと治し、治療成績を社会に堂々と示した上で、診療報酬のアップを要求するべきではないか。結果を出せず、展望も示せないところに金をつけてくれるほど、社会は甘くない」

 精神科の治療成績公開の動きは、他にもある。切り口を変えた斬新な試みも計画されているので、公表できる段階になったらお伝えしたい。

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佐藤写真

佐藤光展(さとう・みつのぶ)

読売新聞東京本社医療部記者。群馬県前橋市生まれ。趣味はマラソン(完走メダル集め)とスキューバダイビング(好きなポイントは与那国島の西崎)と城めぐり。免許は1級小型船舶操縦士、潜水士など。神戸新聞社社会部で阪神淡路大震災、神戸連続児童殺傷事件などを取材。2000年に読売新聞東京本社に移り、2003年から医療部。日本外科学会学術集会、日本内視鏡外科学会総会、日本公衆衛生学会総会などの学会や大学などで講演。著書に「精神医療ダークサイド」(講談社現代新書)。分担執筆は『こころの科学増刊 くすりにたよらない精神医学』(日本評論社)、『統合失調症の人が知っておくべきこと』(NPO法人地域精神保健福祉機構・コンボ)など。

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