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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

yomiDr.記事アーカイブ

私たちは人生を必ずクビになる

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 今回が最終回です。

 今まで皆さん、ありがとうございました。

 本連載で最後のメッセージになります。


 今日の話題は最終話にふわさしいかもしれません。

 クビになった話です。


 この連載をクビになった……わけではありません。

 おかげさまで時間を捻出してつづった本連載も70回を超え、一定の分量を皆さんにお伝えすることができました。引き続き臨床の現場で緩和医療医として活動し、またそこから学び得たものを文章として、ブログなどで皆さんにお伝えしていきたいと思っており、今回卒業させて頂くことを決断しました。



 さて、クビの話。それはこんなお話です。

 昨年末にある記事を見つけました。

 24歳でプロ野球選手を戦力外通告となった高森勇旗さんの手記です。


24歳でプ ロ野球をクビになった男が見た真実

 皆さんもご存じのように、プロ野球は優勝劣敗の世界です。本当に選ばれた一握りの選手が活躍し、栄誉や大きな金銭的報酬を得ますが、期待されてプロ入りをしても活躍できず、静かに場を去る方も多くいらっしゃいます。厳しい世界です。

 高森さんのプロ野球人生と気持ちの変遷はぜひリンクの記事を参照いただければと思います。

 さて、高森さんはある時、尊敬する田代富雄さん(現楽天打撃コーチ)から次のような言葉を聞きます。

 「最後にみんなに覚えておいて欲しい事が1つある。みんな、プロ野球をクビになる事は、悪い事じゃないんだ。そもそも、プロ野球選手になれる事自体、すごいことなんだ。この世界は必ずいつかクビになる。それがいつになるかは分からないけど、いつかクビになった時は、どうか『この世界に入れた』という誇りを持って、胸を張って辞めていってほしい」

 高森さんは「普段、皆の前で話すということをほとんどしない田代さんが語ってくださったこの言葉が、とても愛情に満ちあふれ、クビが現実のものとして背後まで迫っている私にとって、非常に勇気づけられる言葉であった」と述懐されています。

 私は一読して思いました。

 ひょっとすると…人生と一緒かもしれない。

 例えば、このように言えるのかもしれない、と思ったのです。

 「最後にみんなに覚えておいて欲しい事が1つある。みんな、人生をクビになる事は、悪い事じゃないんだ。そもそも、この世に生まれて来た事自体、すごいことなんだ。この世界は必ずいつかクビになる。それがいつになるかは分からないけど、いつかクビになった時は、どうか『この世界に生きた』という誇りを持って、胸を張って人生を辞めていってほしい」

 もちろん仕事はクビになっても第二の人生があります。死ぬわけではありません。そしてプロ野球選手になることはとても大変なことであり、それだけで素晴らしい、一定以上の成功を収めた存在であるという点も異なります。だから厳密に言うと違いはあります。

 しかし、望んでクビになる人がいないことは同じです。本人の希望と関わらず無慈悲にやって来るのも、同様です。またクビにならないようにと一生懸命やっているのにも関わらず、ある日結末が来るのも一緒です。

 また、高森さんも徐々に追い詰められている状況下でも「『来年もできるかも』という淡い期待を抱いていた」と記しておられます。しかしほどなくして戦力外通告を受けた時に「心の準備はとっくに出来ていた」とあります。この二つの気持ちが一定の割合で混在するのもまた、(覚悟がある程度できた)人生の終わりと似通っています。

 高森さんが書かれている田代さんの言葉は、誰もが到達できるわけではない高みの世界に入り、そこで正々堂々と悔いなく戦ったことを薫陶として、生きていってほしいという意味でしょう。そしてまたプロとして生きているものは、厳しい結果を求められる世界では、いつか必ず自身の避け得ぬ衰えのために、自分の意思とは関わりなく、最後を通告される、ただそのことを悲観的に捉えるのではなく、誇りとするべきなのではないかと激励されているのです。

 この言葉は、それぞれの仕事のプロフェッショナルとして生きる私たちの仕事人生に関することだけではなくて、まるで人生そのものにも深い示唆を与えているように私には思えたのです。


 クビになる、というとまるで負けのようにも思います。

 私たちは人生を必ずクビになる、と書くと、字面は非常に悲観的にも見えます。

 一神教を信じる人ならば「神」が、非信仰者ならば、あるいは「自然の摂理」が、人の命を個人の希望と裏腹にその手に取っていきます。

 皆さんがご承知のように人生は決して楽ではありません。

 けれども、私たちはこの世の中に生まれいでました。

 望んで生まれてきたわけではない、という方もいらっしゃると思いますが、せっかく生まれてきたのだから、俳優の故・入川保則さんがおっしゃったように「もともと苦しいものを、楽しいものに変えていく過程こそが人生なんだ」と生き抜き、最後には「この世界に確かに生きた」「精一杯悔いなく生きた」という誇りを持って、胸を張って人生を辞めていきたいものです。

 クビになることを日々恐れて素晴らしい成績を残す一流のアスリートはいないでしょう。

 私たちはいつか間違いなくクビになることを知りつつも、クビになることを忘れて生きることもまた必要です。クビになることなど眼中になく、自身の道を極めてゆくところに高みが待っているのだと思います。

 そんな私たちに、近刊『死ぬまでに決断しておきたいこと20』)でも引きましたが、マハトマ・ガンジーは示唆に富むこのような言葉を残しています。

 ― 明日死ぬかのように生きなさい。永遠に生きるかのように学びなさい。


 明日がないかのように今日を懸命に生きること。

 一方で、終わりなどないかのように腰を落ち着けて進むこと。努力し続けること。

 この2つの心がけの併存こそ、人生において重要なものなのだと感じます。

 私たちはいつか必ずクビになる人生を、胸を張って生きてゆく必要があるでしょう。

 だからこそ「いつクビになっても良いように生きること」と、「まるでクビなど来ないかのように自身の高みをゆっくりと目指して生きること。小さな努力を重ねてゆくこと」を両立してゆくことが求められるのだと思います。

 そして私たちはいつか人生の舞台を降りる時が来ます。

 私たちは、誰かの舞台を見て、自分はこの世界にこう動くと決め、あるいはこうはしないと反面教師にし、いざ舞台に上がり精一杯動き、そしていつかそこを降り、それを見ていた次代を担う者がまた舞台に上がる……というたゆまぬ営みの中で、少しずつ少しずつ前進してきました。思いもまた、受け継がれてきました。

 私もほぼ平均寿命の残り半分に差し掛かりました。健康寿命で言えば、確実に後半戦に差しかかっています。自分の舞台は残りのほうが少なくなったということです。人はすべからく死に向かうという点で、まさに「少年老いやすく」誰もが明日は我が身です。

 ただいざその時に、「この世界に生きた」「精一杯できることを行った」という誇りを持って、胸を張って人生を辞めていくために、皆さんひきつづきしなやかに生きてまいりましょう。


 ご愛読、本当にありがとうございました。

 皆さんもどうかお元気で。

 それではまたいつか。失礼します。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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