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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

yomiDr.記事アーカイブ

医療不信の伝染を治す良薬

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 この連載も残すところあと2回となりました。

 どうぞよろしくお願いいたします。

 今回は最後の「医療」に関する内容です。


 私は緩和ケアチームの緩和医療医として、主治医の先生とともに患者さんやご家族と関与する仕事であり、主治医や看護スタッフなど医療者、患者さんなど医療の受け手の双方とよくコミュニケーションを図るように心がけています。

 すると、コミュニケーション不足による行き違いが、程度の差こそあれ、しばしば起こっていることに気がつかされます。

 十分コミュニケーションをしていても、言った言わない、用語の解釈の違いなどは日常的に生じます。しかしコミュニケーション不足が引き起こす大きな問題は、不安などが高じることで相手の言動を悪く解釈して疲弊する事態を引き起こすことでしょう。

 価値観の多様性も進み、また自分が望むような方向で医療を行ってほしいと願う方が増えている一方で、病院の医師は多忙で、十分なコミュニケーションを図る時間の確保が難しいことは、先に連載でも述べました。そしてそこからも医療不信の言説が流行はやることを、昨年の連載でもつぶさに見てまいりました。

 コミュニケーション不足は、誤解を生じます。

 例えば医師も余裕がない状況で、「時間内に」と急いで説明する。

 患者さん側は“気持ちに配慮した言葉や姿勢が表現された”説明(疑問に真摯しんしに答えることも含む)を求めており、その表情や(慌ただしめの)口調から、「なんてそっけないのだ」と思い、「不親切な医師なのだ」と誤解、あるいは確信する。

 私は様々な医療機関で勤務して来ましたが、どこでもこのような問題があります。

 表面に出て来た言葉や態度だけで判断すると、しばしば感情的な反応を引き起こします。

 ただ重要なのは、発言にはその「背景」が必ずあるということです。言動及びそれを支える思考には、これまでの生き方や現在の生活などから形成されたものがわかちがたく結びついているものです。あるいはその人の今置かれている状況なども、言動には影響します。

 これらの「背景」を知ろうとすることが、不要ないさかいを避けるためにも重要なことは言うまでもありません。

 例えば、医師側は一見突拍子もない患者さんやご家族の希望が出たとしても、「なぜそのように思うのか」を尋ねることで、理解ができる背景を見いだし得る可能性があります。

 患者さん側も、「病院の医師は忙しい」という背景を真に理解していれば、短時間で最大限の質問効果をあげる準備や、生活上の心配は(もっと話を聞いてくれる)かかりつけ医、患者会など他の資源を並行して利用することなど、良い方法を見つけられるはずです。

 いずれにせよ、「他者を理解することは容易ではないことであり、必ず背景をつかむ」ことを重視せずに、誰かの文句ばかり言っていても、あるいは受け身の姿勢であっては、「わかってもらえない」という苦しみ、「あの先生と出会ったのが不幸であった」という解釈につながらないとも言えません。

 人も様々ですから、医療者にも患者さんやご家族にも、中には本当にどうにも対処しようがないという方もいらっしゃいますが、それは私の感覚では必ずしも数は多くないと思います。記憶が鮮烈であるがゆえに、どうしてもそういう方のことは覚えていて、対医療者や対患者への観念に影響する場合もありますが、多くの場合は、互いの背景を理解することで少なくとも何とか折り合いをつけられるものなのではないかと思います。

 医療界の不祥事が度々報じられ、ネガティブな情報というものも大変伝播でんぱ力があるものですから、特にもともと医療に対して否定的な感情を抱いている方を中心に燎原りょうげんの火のようにそれが伝わることがあるかもしれませんが、それで「一事が万事」と思うのは行き過ぎで、目の前の医療者との良好な関係を構築することの妨げとなってしまうかもしれません。

 誰しも自身のものの見方から完全に自由になることはありませんが、医者はこう、こんなことを言う患者はこう、そう決めつけずに、できるだけまっさらな気持ちで接し、コミュニケーションを通して背景をも理解してゆくことだと思います。それがひいては何より最終的に患者さん自身のためとなることと思います。


 これから日本は多死社会を迎えます。

 増える死亡者に医師増加が追いつかず、死亡者あたりの医師数は減ると予想され、ますます現場の多忙が予想され、コミュニケーションのための時間が少なくなる危険があります。一方で、「こうしてほしい」という医師や医療者への希望も、今以上に減ることはないでしょう。

 成熟した社会の制度を変えることは容易ではなく、私たちは今の枠組みのままでしばらくやっていかねばなりません。だとすれば、それぞれができることを考えねばなりませんが、基本にして重要なことは、人対人の場では、誰もが、自身の考えを押しつけるよりも、まずは一人の人間として相手の背景に耳を傾け、理解しようとすることだと思います。

 慢性の病気や治らない病気において特に、患者さんと医師はパートナーです。時には意見が異なることもあると思いますが、その場合でもそれを乗り越えるだけの相互理解の技術・姿勢が、今だからこそより求められているのだと考えます。そしてそれは片方の努力だけで成立しないことは間違いなく、相互の努力が求められるでしょう。

 私からの一つの助言としては、意見は―特に相手と意見が異なっている時こそ―必ずそれが生み出されている背景も併せて伝える、ということがあります。「なぜそう思うのか」「またそう思ったのはこういう状況からである」ということを示すことで、意見単体よりも思いを受け取ってもらいやすくなると思います。普段日常生活で多くの方が行っていることだと思いますが、参考にしていただければ幸いです。

 次回が最終回になります。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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