中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」
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エボラ出血熱ボランティア医師の嘆き
米国のクレイグ・スペンサーという医師が医学専門誌「New England Journal of Medicine」の2月25日号に論文を発表し、メディアと政治家の姿勢を痛烈に批判している。彼はボランティアとして西アフリカのエボラ出血熱患者の治療にあたり、米国に帰国後発症したために、大騒ぎされた人物である。
彼のエボラ出血熱感染が確認された後、ニューヨーク州では大騒ぎとなり、彼が発症前に地下鉄に乗車したことやボウリング場に行ったことまで書きたてられた。彼がどのあたりを散歩し、どこで食事をするのかも暴かれた。この影響で、地下鉄に乗ることを恐れたり、ボウリングへ行くことを避けたりした人もいる。
米国のメディアには下記のような見出しが躍った。
“Ebola: ‘The ISIS of Biological Agents?’”
(エボラは生物学的なISISか?)
“Nurses in safety gear got Ebola, why wouldn’t you?”
(防護服をつけた看護師もエボラに感染した。あなたは大丈夫か?)
“Ebola in the air? A nightmare that could happen”
(エボラが空気中を漂っている? 悪夢の始まりか)
日本では、ワイドショーや三流雑誌は言うに及ばず、見識があると信じられている新聞などでも、現実や科学を無視した見出しで視聴者や読者の歓心を買うことも少なくないので、上記のような米国メディアの見出しは驚くようなものとは思えない。しかし、当事者とすれば、過去の経験や科学的な観点から発症前には伝染することはないことが示されているにもかかわらず、自分のプライバシーがここまで暴かれる必要があったのかと疑問を呈している。
その上で、ボランティアで西アフリカに行っていた人たちが、いわゆる3週間ルール(3週間何も起こらなければ感染の心配はなくなる)によって、帰国後3週間は危険人物であるかのように扱われ、それが過ぎればヒーローとして扱われる理不尽さに抗議している。
中間選挙直前でもあったため、選挙に利用するような言動もなされた。スペンサー医師は、政治家にとってエボラ出血熱の流行は2014年11月4日(選挙の日)で終了し、メディアにとってはその1週間後、彼が退院した日で終了したことを皮肉っている。
エボラ出血熱の流行は収まりつつあると言っても、これまで(2月18日の世界保健機関の発表時点)23,000人が発症し、今なお多くの人が命を落としている。にもかかわらず、選挙が終わり、米国から患者がいなくなった途端に無関心になる状況も嘆いている。日本にも自分の選挙のことしか考えない政治家や売るためには何でもするメディアが多いが、米国のメディアも困ったものだ。
恐怖と戦う使命感と人間愛
この論文の中で最も印象的だったのは、西アフリカに滞在している間や帰国後に、自分も感染するかもしれないという恐怖の中でボランティア活動を続けていた点である。「感染が明らかになったことで、感染に対する恐怖から解放された」と述べていた部分には感動すら覚えた。感染が確認されたことで、彼の死亡確率は50%程度になったのである。そのような状況の中でも、「感染への恐怖が去り、
最後に反省も含めた、次のような言葉で結んでいる。
“I hope we’ll recognize that fear caused our initial hesitance to respond — and caused us to respond poorly when we finally did. I know how real the fear of Ebola is, but we need to overcome it.”
致死的な感染症であるエボラ出血熱の治療に携わるのは、誰だって怖いのだ。でも、その恐怖と戦う人たちがいるからこそ、流行が収まりつつある。危険から逃げるのではなく、危険を覚悟で感染症を食い止めようとするのは使命感と人間愛だ。このような姿勢こそ医療の原点であり、この気持ちが失われれば医療は成り立たない。
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