文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

元記者ドクター 心のカルテ

yomiDr.記事アーカイブ

2つの妄想…パラノイアと統合失調症(上)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

「狙われている」 切迫して訴える女性

 「その男は、姿は見せないけれど、ターゲットを決めたら、人間関係を操作して孤立させて、あらゆる残虐をはたらく。みんな信じようともしない。誰が狙われるかわからないのに――」

 30歳代の女性が切迫した表情で、矢継ぎ早に訴える。

 「不思議な話で、信じがたい」と応じようものなら、「そうやって、警察も弁護士も医者も、病人扱いして、まともに取り合おうとしない。大変なことが起きようとしているのに」と声高に非難し、さらに傍証を繰り広げる。

 「ハンバーガー店に行って、看板が黄色に塗り替えられているのに気づいたら、工事用の黄色い侵入禁止柵にぶつかりそうになった。それだって、その男の仕業です」

 日常の些事さじにつきもののあらゆる偶然を、証拠に仕立て上げ、いつ終わるともしれない展開に、聞いていて憔悴しょうすいする。

 

偶然を契機に 深まる確信

 元来弁が立ち、周囲を窮地に追い込んで、意見を通してきた。有名大学、大学院を卒業後、会計事務所に勤務した。職場の人間関係に行きづまり、仕事が滞り、2年で退職した。

 預金で自活し独居していたが、「男が侵入してきた」、「盗聴されている」と、頻回に実家に電話をするようになった。

 「寝ているうちに忍び込まれて、レイプされた。そんなはずはないと、念のため婦人科にかかって、これまで性行為を一度もしたことがないと伝えたのに、医師に言葉を濁されてしまった。やはり、レイプされていたんです」

 “確信”は、“偶然”をきっかけに次々とつながり、物語仕立てに精緻に膨らんだ。

 「金融機関の営業になりすまして、実家に出入りしている」、「家族が狙われていた。調査会社に依頼したら、この調査員こそ黒幕だった。市や県にも通じていた」。親戚の面前で、「いとこが事故死したのは、男のたくらみだから、また犠牲が出る」などと騒ぎを起こし、絶縁され、さらに孤立を深めた。

 手を焼いた家族が、激しい抵抗を抑え込み、精神科病院に連れ立った。そのまま入院となった。

 「病院の経営者も、その男とかかわっている。一刻も早く逃げ出したかったから、“たくらみ”のことは話さないようにして、いい子を演じた」

 2か月で退院したが、通院は途絶えた。その間、少なからぬ投与された抗精神病薬は、奏功しなかった。

 

統合失調症らしからぬ妄想

 退院して半年後、「精神病扱いされる。死んでやる」と騒ぎ、家族が抑え込んだ。こちらの病院に搬送された。

 統合失調症と診断されてきたようだが、一連の誤った確信「妄想」に耳を傾けるにつけ、どうもそれらしからない。これまで抗精神病薬の効果が限定的だったのも無理からぬと思われた。

 幻覚、妄想があるといって、統合失調症とは限らない。妄想のみを取り上げても、認知症を含む器質性精神障害、中毒精神障害、妄想反応(急性一過性精神病性障害)、非定型精神病(統合失調感情障害)、パラノイア(持続性妄想性障害)、重症のそううつ病や内因性うつ病(重症の感情障害)、解離性障害、広汎性発達障害、精神遅滞と、鑑別しなければならない疾患は多岐にわたる。精神科の腕の見せ所でもある。

 統合失調症の妄想は独特であり、他と一線を画す。精神医学の先人たちが百家争鳴の中、営為を重ね、“統合失調症らしさ”をあぶり出してきた。先人の恩に浴してはいても、統合失調症をめぐってはいまだに統一見解に至っていないだけに、あるいは、DSMやICDといった操作的診断基準を、どちらかといえば行政主導で安直に用いてきた弊害や、短時間で診察し薬物療法を偏重する精神科外来の席巻なども相まってか、一線を画す“独特な妄想”を他と見分けようとする精緻な営みが、軽んじられてしまってはいないだろうか。巷間こうかんで「精神科医療には、誤診が多い」と、時に扇情的に揶揄やゆされるにつけ、嘆息しきりだ。

 先人の営為をなぞり、手本とし、つどに手前の診断尺度を微調整する労は、欠かせない。

 

“主体性”意識を維持 “現実的な”妄想

 女性の訴えを改めて追うと、迫ってくるのは「調査会社の男」で、具体かつ現実的だ。「神」や「大きな機械仕かけ」、「国家謀略機関」といった、抽象かつ超越的な存在に迫害されているわけではない。

 また、「迫害」は、日常の出来事と明確に区別された「事件」として実感され、やはりどこか現実的だ。

 干渉、迫害され、周囲の視線にさらされても、「自分は主体性をもった自身に他ならない」という「自我意識」は、揺らがない。具体的な人物が「外」から迫害してくるのであって、超越的な存在が自分の「内」に忽然こつぜん と現れて、いつのまにか自身を支配しているのではない。

 「それは妄想に過ぎない」と否定されると憤慨し、周囲の世界に証拠を求めて、しつように反論する一方、「偶然が重なり過ぎる」と、いぶかったりもする。

 反論に耳を傾けるほど、ミステリードラマや物語の筋書きのようで、どこか“お馴染なじみ”に響きさえする。

 統合失調症だとしたら、そう一筋縄ではいかない。

次回につづく

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

元記者ドクター 心のカルテの一覧を見る

最新記事