文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」

yomiDr.記事アーカイブ

黒船来航が目に入らない日本の医療

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 3年ぶりに東京大学医科学研究所の講堂で、一般の方を対象にした講演会をした。前回は、米国シカゴに行く直前のお別れ講演会だった。としを取ると次第に時の流れを早く感ずるようになる。10歳の子供にとって1年は人生の10分の1であるのに対し、60歳になると60分の1にしか相当しないので、このような感覚になるのだと思う。

 日本に帰国するたびにいろいろな方と話をする機会がある。その度に、日本の医薬品貿易赤字、治療用医療機器開発の遅れ、がんなどの個別化医療に向けた動きの緩慢さなどを訴え続けてきた。しかし、最近はそんな話をするのが億劫おっくうになってきた。どうも話がすれ違って、かみ合わないような気がするのだ。講演会でもこのような課題を力説したが、独り相撲を取っているような気がした。

 箱根駅伝やマラソンなどでも、追いかけるランナーは、前を行くランナーが視野に入り、距離が近づくと、より勢いを増すが、相手が遠く離れていると焦りが生じ、さらに遅れるとますます力が発揮できない。日米の医療に対する取り組みを見ていると、米国はすでに第8区のランナーにタスキが渡されているが、日本は箱根の山登りをしているようなものだ。前を行くランナーの姿もまったく見えず、気力をなくして足元もおぼつかないような感じだ。私も箱根の山を登り切れずに終わるのか?

 というよりも、最近、日本の官僚や政治家は先を行くランナーの位置情報さえ知りたくないような状況になっているように感じてならない。少なくとも医療分野では、黒船が浦賀沖の目の前に来ているのに、わざと目をそらして太平洋の彼方かなたを見続けて、自分の世界に満足しているのかとさえ思う。

 講演会では、がん細胞での遺伝子異常を国レベルで調べて薬剤の投与の可否を決めているフランスのシステムを紹介した。がん患者に対して、効果のない薬剤を投与するのは、治療を受けている間にがんがさらに進行する結果につながるし、言うまでもなく薬剤費は全くの無駄となる。分子標的治療薬の場合、標的とする分子に異常がなければ効果は期待できないので、投与する意味はない。

 フランスのような施策は、質を保ちながら医療費を抑制する策として非常に有効だ。しかし、日本では、まったなしの状況で、トップダウンで早急に実行する必要があるにもかかわらず、国策としての対応が全くできていない。厚生労働省や国立がん研究センターのリーダーシップが必要だが、全く機能していない。しかし、これらの背景には、トップダウンを嫌う日本の文化そのものが大きな要因であり、いろいろな分野で改革が実行できず、八方塞がりの状況だ。


変貌する臨床試験の手法についていけない日本

 このような日々の診療体制の問題だけでなく、分子標的治療薬に対する臨床試験(治験)の方法が大きく変わってきている状況にも対応できていない。日本では一部の臨床腫瘍医が、頑迷にランダム化試験の必要性を訴えている。ランダム化試験とは、新薬を評価する際に、新薬群と無治療群、新薬+標準治療薬群と標準治療薬群などに患者さんを無作為に振り分けて、新薬群と無治療群を比較して薬剤の効果を判定する方法である。

 私はシカゴ大学で2年近く、臨床試験審査委員会の委員として審査に携わっている。臨床試験は第1相試験(主に安全性を調べる)、第2相試験(主に安全性の再確認と有効性を調べる)、第3相試験(薬剤としての承認を受けるための最終試験)が薬剤承認を取るために必要とされる。しかし、第2相試験で明確な有効性が示された場合には、この段階で承認を受けることもある。特に希少ながんで、これまでに利用されていたものに対して、格段の優位性があれば認められることが多い。

 分子標的治療薬などで、第1相試験で明らかに効果があった割合が多い場合、第2相試験ではランダム化試験を行わないケースが増えてきた。たとえば、第1相試験において20人中6人でがんが縮小し、2人で完全に消失した場合、第2相試験でコントロール群と称して患者さんを無治療で経過観察をするのは、非倫理的であると考える委員が圧倒的だ。日本のようにマニュアルをなぞるだけでは、こんな本質的な議論にはなりにくい。特に、日本の倫理委員の多くは、単に手続き論を論じるだけで「人の道」を語ることはない。

 このような状況下で、今、必要なのは、患者さん・医療従事者・最先端を行く研究者間での知識ギャップを埋める方策だ。また、診療情報をできる限り収集し、ゲノム情報などと比較検討し、有効で副作用の少ない治療法を個別的に推測していくシステム構築だ。次回以降、知識ギャップによって生ずる医療現場での課題、そして、ビッグデータベースの重要性を議論したい。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

コラム_中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」_アイコン80px

中村 祐輔(なかむら ゆうすけ)

1977年大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部付属病院外科ならびに関連施設での外科勤務を経て、1984-1989年ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員、医学部人類遺伝学教室助教授。1989-1994年(財)癌研究会癌研究所生化学部長。1994年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。1995-2011年同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005-2010年理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年内閣官房参与内閣官房医療イノベーション推進室長を経て、2012年4月よりシカゴ大学医学部内科・外科教授 兼 個別化医療センター副センター長。

中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」の一覧を見る

最新記事