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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

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やしきたかじんさん死後のトラブルに学ぶこと

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 歌手で、司会者であったやしきたかじんさんは、2014年1月に、都内の病院で亡くなられました。

 皆さんがご存じのように、やしきたかじんさんが亡くなられた後、奥さんのことを有名作家がノンフィクションとして出した本の出版差し止めを求めて、やしきたかじんさんの長女さんが提訴するという状況になっています(東京地裁で係争中)。

 私はやしきたかじんさんとお会いしたことがありませんし、事の真相を知る立場にはありません。ただ、亡くなられた後にこうして争いが起こったことを草葉の陰からどのように見つめられているのだろうかと思いをはせます。


 健康な時、私たちは自身の判断力が変化するなど想像もつかないと思います。

 自分はいつまでも自分、普通はそのように思うものでしょう。私もそうです。

 しかし当然のごとく、重い認知症になってしまえば、はたして正当な意思を示せるのだろうか、自分らしい決断がなされるのだろうか、というと難しいです。

 また認知症にならずとも、がんの終末期から臨死期に近づくと、程度の差こそあれ、多くの方はせん妄状態に陥り、時間や場所・人の認識も障害されるのが普通です。

 私たちは自らの処遇を、人に委ねざるを得ない弱い立場に、誰もがなり得るのです。


 調査によると、日本人は他国の方と比べて、死のことは頻繁に考えるようです(理想の看取りと死に関する国際比較研究 国際長寿センター 2011年)。他国の人が10%台やそれ以下なのに対して、日本人は実に30%の方が「死についてよく考える」と回答しています。突出して多い値です。

 一方で、本当に“準備”はしているのか、というと、以前も連載で触れたように、「あなたは、ご自身の死が近い場合に受けたい医療や受けたくない医療について、ご家族とどのくらい話し合ったことがありますか?」に「詳しく話し合っている」と答えたのは2.8%(人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書 厚生労働省 2014年)に過ぎず、自分では考えるけれども話し合わないという特性が読み取れます。

 あるいは、いざという時でも、自分の意思を表示できるはずと楽観視しているのかもしれません。

 しかし認知症など死の年単位前から意思表示が難しくなる病気ではなくても、あらゆる病気において、終末期になると「自分がこうしてほしい」と決断し、主張するのは、心身の衰弱から難しくなるのが普通です。

 準備をしておくのに越したことはありません。そしていざという時に、自分の意思を代わりに示してくれる人を事前に決めて、十分話し合っておくことが重要でしょう。


 正当な医療用麻薬治療において、判断力等は障害されないと、以前がん患者さんの就労の話でも触れました。

 医学的にはそうであっても、法廷で意見を闘わせる場では、思わぬ結果が出ないとは限りません

 私も以前、医療用麻薬の使用下の遺言が正当かどうかで問題になった事例を聞き知っています。

 医学的には明らかに問題なかったのに、遺産相続が不利になる側がそこを突いてもめたのです。

 いや、医療用麻薬では問題なくても、その時は実はせん妄だったのではないか、と問われるとさらに判断は難しいです。せん妄は症状に日内変動があり、ある時間帯は比較的正常で意思表示も可能だけれども、ある時間帯には意識も障害されてまるで正当な意思を表示できないということもあります。せん妄かどうかは実際に診療している医療者しかわかりませんし、その判断の習熟度やせん妄のタイプによっては見逃されていることもあります。

 以上により、状態悪化時の意思というものは、時に係争の因子ともなるということを知っておくと良いと思います。間際の遺言は思わぬ争いを自身の死後に残してしまうことにならないとも限りません


 それではどうしたら良いでしょうか?

 それは間違いなく、きちんと準備をし、決定しておかねばならないことは元気なうちから決断しておくことです。

 今月出版した『死ぬまでに決断しておきたいこと20』(KADOKAWA/メディアファクトリー)という本でも、どのような決断を人は終末期にしなければならなくなるかについて記しました。これを早いうちにしておけば、自身の死後に骨肉の争いが生じることをできるだけ回避することが可能となるのではないかと思います。

 やしきたかじんさんを巡る事象は、私たちに、特に「様々なものを持っている方」ほど、事前の細やかな決断が必要となることを教えてくれていると思います。それを前掲書でもエピソードを元に記しました。何をしてほしく、何をしてほしくないのか、そして自身の意思が表示できなくても何だけは絶対にしてほしく、絶対にしてほしくないのか、それをしっかり指し示しておくことが必要となるでしょう。

 終末期も、そして死後も、自分を貫くためには、事前の決断と行動がどうしても必要なのです。皆さんも素晴らしく人生の着地を決められることを、心から願っております。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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