文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

元記者ドクター 心のカルテ

yomiDr.記事アーカイブ

精神療法の実際(終章)…「命の駆け引き」の終息

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 「命の駆け引き」は、鳴りをひそめていった。

 「生きていても仕方がないって、考えてもらちが明かないのは、頭ではわかっているんですけど、ついつい考えてしまって――」。男性はそうつぶやきつつも、時に笑顔すら垣間見せた。

 「頭でわかって下さるだけで、本望です」と、つられて相好を崩したり、「ああ、また、そうやって、困らせる。弱りました」と、手前のなすすべのなさを嘆いて、図らずも笑みを招いたり。結語は決まって、次のようだ。

 「生きるしんどさのありかを、こうして明かしてもらえるのは、それはそれで、ほっとします」

 先方の懊悩おうのうをなぞり、寄り添うばかりだ。

 

生活リズムを調え、減薬

 眠れない、気分が沈む、意欲が出ない。安直に「うつ病」の症状と捉えて、薬物調整のやりとりに終始すると、診断も治療も迷宮入り必至だ。

 聞けば、生活リズムは乱れ放題だった。発泡酒を手に、ソファに横になったまま、いつの間にか明け方に寝ついて、起きる頃には日も傾き始める日々。数日おきに、深夜にコンビニに食糧とたばこを買いに出かけるほかは、閉居していた。

 灰皿の吸い殻に覚えがなく、たびたび覚醒不良で喫煙していたと知り、火の不始末の危険に脅かされていた。睡眠中の失禁もたびたびだった。睡眠薬の副作用だ。

 眠れないから飲酒した、生活保護で狭い部屋しか借りられず、布団を敷けない、昼間は世間の目が気になって、後ろめたくて外出できないと、まるで他人任せの言い分だった。あげくに、「薬で何とかなりませんか」と、白を切る。

 前医ですでに、幾種類もの抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬が試みられ、効果がないと実証済みだ。屋上屋を架すわけにはいかない。たたみかけた。

 「薬が悪さをしています。健忘、失禁。それに、だるくなって、気力をいでしまっているようです」

 「酒を飲んでいると知ってしまったら、薬を出せないではありませんか」

 「薬を増やさず、酒を控えてもらって、ひとまず、生活を整えましょう。薬を増やす必要があるかどうかは、その後でないと判断できない点、どうかご理解下さい」

 午前中に起きるように、しぶとく促した。「飲酒されては、どうにも、困りました。でも、飲んでいることを包み隠さず伝えて下さり、ほっとします。ああ、でも、やっぱり、弱りました」と、言い添えたりもした。つくづく、手前は無力だ。医療者に依存しても詮ないと、つどに知ってもらった。

 正午過ぎに起きるようになった。飲酒もやめた。努力をねぎらった。数か月後には、「寝つけない」と訴えるものの、早朝に起き、家事もまめになった。

 おっくう感は後退した。抗うつ薬を減らし、共に喜んだ。

 「先生のおかげです」と、ともすると買い被られそうになり、すかさず「こちらはきっかけをつくったに過ぎません。すべて、ご自身の行動のたまもの」と、ねぎらい返した。

 

人とつながり、生き甲斐なさを克服

 「掃除もすぐすんで、やることが尽きてしまう。かといって、昼間は、後ろめたくて外出できない。生きていて張りがありません」

 寝て起きて、食べ排泄はいせつして、入浴し、その日暮らしを愚直に送り、おっくう感が後退した。いよいよ、生き甲斐がいのなさや孤独感が際立つ段となった。「人とつながる」ことこそ、次の一手だ。

 診療所併設のデイケアを紹介した。「重い患者さんばかりでしょう。自分には合わない」と、言下にはねつけた。軽い運動や料理、カラオケ、小物の制作など、「子供じみていてやっていられない」というのだ。

 自宅以外に居場所を設け、孤立から抜け出し、他者と目的を共にし語らい、体を動かす習慣をつける。プログラムはあくまできっかけだ。眼目は、「内容」よりも「形式」、「何」よりも「どう」だ。

 しぶとく趣旨を説明し、さりげなく参加を薦めるうち、「だめもとで、やってみます」と、腰を上げてくれた。性根は真面目だった。律義に通った。スタッフとの会話がはずんだ。仲間と球技も楽しめた。

 

就労に意欲 診療を終結

 体力、活力が復調してきた。勢いで、履歴書を書いた。デイケアスタッフに見てもらい、自己アピールの仕方を検討した。

 「焼き鳥屋を出す」と知人に誘われ、出店準備から手伝うこととなった。かつての手腕を発揮し、開店にこぎつけたものの、客足が鈍く、運営方針を巡って知人とぶつかった。曲がったことを放置できない性格が災いし、営業、宣伝をなおざりにする、楽観的な知人が許せなくなり、自ら手を引いてしまった。

 自暴自棄になった。デイケアに足が遠のき、「生きていても仕方がない」と、口癖がぶり返した。

 乗り越えた壁に、再度突き当たった。同様に乗り越えるだけだ。「店を新規に立ち上げる能力を発揮できたのは、収穫だった」と確認し合った。一方、昼夜逆転し、閉居してしまっている現状を指摘し、「まずは、愚直な生活に戻りましょう」と促した。

 しぶしぶながらも、デイケアに通い始めた。

 デイケアスタッフと、市販の一般向けの心理学書を用いて、認知行動療法に取り組んだ。「灰色」を、白黒いずれかに判じないと気がすまない完璧主義が、自身を苦しめてきたと、開眼した。

 酔って暴力をほしいままにしていた父、頼ってもなす術のない母。学歴や職歴で見限り、受け入れようとしてくれない世間――。信じても裏切られ、常識もあてにならず、完璧主義で武装して乗り越えるしかなく、疲れ果て、捨て鉢になっていた過去を、なぞらざるをえなかった。

 デイケアスタッフや仲間との交流は、かつての不安定な人間関係とは、一味違った。完璧主義で武装せずとも、受け入れてもらえた。素のままでいい場合もあるのだと、知った。

 ほどなくして、女性の友人ができた。

 「生活力がなくてはね。就職を目指したい」と、職業訓練校に通い始めた。

 通院期間を徐々に間遠にしつつ、精神症状は消退し、抗うつ薬、睡眠薬を完全に断った。こちらに初診して2年がかりで、診療を終結した。

 

過剰診断に翻弄

 「うつ病」と過剰診断され、本人もそう自覚し、元来必要のなかった薬物を完全に断つのに、2年を要してしまった。一度与えられた診断という「お墨付き」を覆す労は、並大抵ではなかった。

 憂うつ、意欲低下、不安、頭痛、不眠を、いたずらに精神症状として拾い上げ、出口のない薬物療法の標的としてしまう悲劇が、後を絶たない。

 適応障害、持続性気分障害、パーソナリティー障害、精神遅滞、広汎性発達障害、AD/HDと、あるいは古くは、精神病質人格、異常体験反応などと、精神医学には、正常と異常の“あわい”が曖昧な領域が多い。時代の流行を反映して、過剰診断になびく恐れがついて回る。

 健康増進の世の風潮も手伝い、あるいは、精神的不調の対応に腕をこまねき、安直に精神科受診を薦める向きもあろう。ならば、我々精神科医はなおのこと、確かな診断と治療を巡ってしのぎを削らなくてはならない。少なくとも、自らの愚行を指摘されたなら、素直でありたい。減薬のためならまだしも、薬のやりとりで終始する精神科診療など、もってのほかである。日々、自戒だ。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

元記者ドクター 心のカルテの一覧を見る

最新記事