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中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」

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がんの治療体系が激変する…免疫療法の急展開

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 このコラムのタイトルほぼそのままの講演「これでいいのか、日本のがん医療」を2月18日に東京大学医科学研究所で行うことになった。平成26年度文部科学省・新学術領域研究によって支援される市民公開講演会の一環としてである。

 3年前の3月、米国に移籍する直前に「がんペプチドワクチン療法:がん患者さんに夢・希望、そして笑顔を」とのタイトルで、東京大学での最終講義の代わりに一般の方向けの講演会をした。それ以来、日本では3年間で十数回、学会などで講演する機会があったが、一般の方に対して、がん治療の講演会をするのは久しぶりだ。どうも最近は日本語が滑らかに出てこない。特に専門用語を日本語で話す機会がないので言葉が浮かんでこない。時差ボケもあるし、本物のボケが始まっているのかもしれないので、はなはだ心もとない。

 講演では日米の医薬品開発の違いを紹介するつもりだが、がん治療に関して最大の注目点は、がん免疫療法を取り巻く環境が激変と言ってもいいくらい大きく変わったことにある。昨年6月に開催された米国臨床腫瘍学会での中心テーマは免疫療法であり、今や免疫療法そのものに疑義を挟む医師はよほど勉強をしていない人だ。ただし、日本にはペテンのような免疫療法が蔓延まんえんしているので、この点は配慮が必要だが。

 免疫療法が国際的に確固たる市民権を得たのとは対照的に、免疫療法の有力候補である日本のがんペプチドワクチン療法は大きく後れを取ってしまった(これには不的確な報道を続けた一部メディアの責任も大きい)。

 なぜなら、現在のがん免疫療法の主流は、がん細胞に対する免疫細胞の攻撃を防ぐことによってがん細胞を守っている物質に向けた、抗体医薬品での攻撃となっているからだ。わかりやすく言い換えると、がんが大きくなるのは、がんを防御する側が攻撃する側よりはるかに優位にあるためだが、抗体医薬品によって防御側の働きを抑え込み、攻撃側を相対的に優位にして、憎っくきがん細胞を叩きのめすのだ。

 これまで2種類の抗体医薬品が承認されている。それらの抗体医薬品が抑え込むのはCTLA4、あるいはPD1という物質で、「免疫チェックポイント分子」と呼ばれている。人間の体には免疫系の働きは大切だが、それが過剰あるいは異常に働くと、正常な細胞を傷つけてしまう。自己免疫疾患などはその典型的なものだ。したがって、免疫細胞などが暴走するのを防ぐ仕組みがとして、免疫チェックポイント(監視体制)が備わっている。がん細胞はしたたかに自分の身を守るために、これを悪用しているのだ。

 この一例として1月22日号のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンという雑誌に、ホジキンリンパ腫というがんに対するPD1抗体治療の結果が報告されていた。23名の患者の内、19名でがんが縮小、4名では完全に消えたという素晴らしい結果であった。

 治療を必要とするような有害事象は5名で認められたが、この抗体薬と関連するものは2例だったそうである(念のために言うが、有害事象=薬の副作用ではない)。しかし、どの臓器のがんに対しても、同じような効果が表れるのではなく、ホジキンリンパ腫以外のがんでは、これほど有効率は高くない。しかし、がんの治療体系を免疫療法が変えるのは、2015年の次には2016年になるのと同じくらい確実だ。


ワクチンなどで攻撃側をさらに強化すればより高い効果も

 興味深いのは、がんの縮小が認められたのが、多くの例で治療開始後から約2―4か月であり、5―6か月後にがんが小さくなりだした例もあったことだ。がんを取り巻く攻撃側と防御側のバランスが逆転するまで時間を要していることがわかる。これはがんワクチン療法に関して、米食品医薬品局(FDA)がその特徴としてあげていた遅延効果(効果が現れるまで時間がかかること)に類似する。

 上述したように、日本はがん免疫療法、特に、がんペプチドワクチン療法では競争できる潜在能力があったが、今や、この抗体医薬品に圧倒されつつある。しかし、この抗体医薬品のように防御側を抑え込むと、がんは小さくなるのであるから、ワクチンなどをうまく利用して、攻撃側をさらに高めればもっと高い効果が期待できると世界中の研究者が考えている。さらに、ワクチン療法を再発予防に利用できれば、高額な抗体医薬品による医療費増を押さえ込むことにもつながると期待される。これには国としての戦略が必要だ。

 このように、がん治療が急速に変化する中、2014年度の貿易統計速報値が公表された。日本の医薬品輸入額は3.5%増の2兆2137億円。それに対して、輸出額は1.8%減の3530億円、赤字額は約1兆8600億円であった。

 日本の製薬企業が目玉にしてきた医薬品の特許切れもあり、今後の輸出増はほとんど期待できない。しかし、今後も海外で開発される画期的新薬の輸入増は確実である。「本当にこれでいいのか、日本の医療!」。

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中村 祐輔(なかむら ゆうすけ)

1977年大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部付属病院外科ならびに関連施設での外科勤務を経て、1984-1989年ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員、医学部人類遺伝学教室助教授。1989-1994年(財)癌研究会癌研究所生化学部長。1994年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。1995-2011年同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005-2010年理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年内閣官房参与内閣官房医療イノベーション推進室長を経て、2012年4月よりシカゴ大学医学部内科・外科教授 兼 個別化医療センター副センター長。

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