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歌手 吉幾三さん

一病息災

[歌手 吉幾三さん]腸の病気と肝炎(2)入院中「東京さ行ぐだ」作る

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 プロになって4年半後、吉幾三に改名して再デビューした。「よーし、(もう1回)行くぞー」という意気込みの芸名だ。「人気歌手になり、両親を喜ばせている夢を何度も見ました」

 自分で作った「俺はぜったい!プレスリー」が最初のヒット曲となった。だが、次の曲が売れず、苦しい生活に逆戻りした。

 1982年(昭和57年)、30歳で最初の病魔に襲われた。腸にポリープができる「潰瘍性大腸炎」で、下血があり、血圧が下がった。「集中治療室で輸血と点滴が続いた。3人目の子が生まれたばかりで、入院費はなかった。ピンチでした」

 収穫もあった。入院中に、後で7年ぶりのヒット曲となる「俺ら東京さ行ぐだ」を作った。コミカルな歌詞で、アメリカではやったラップ音楽を取り入れた。人気歌手の千昌夫さんが、レコード化を支援してくれた。

 その一足先に、作詞作曲して、千さんが歌った「津軽平野」も大ヒットした。個性的なキャラクターが評価されて、86年、NHKの大河ドラマに出演。自ら作った「雪國」も人気となり、演歌歌手として認められた。夢だった紅白歌合戦に、この年から16年連続で出場した。

 さらに、次の自作「酒よ」も名曲になった。仕事は順調だったが、疲れがたまっていた。点滴注射を打ち続け、いつ倒れてもおかしくない状態になっていた。

 

 歌手 吉 幾三(よし いくぞう)さん(62)

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