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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

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がん患者だって「働きたい」

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 「先生、仕事をしたいんです」

 進行がんで抗がん剤治療を受けている50代の男性が、切実な目で訴えられます。

 「家と病院との往復なんて…何か生きている意味が感じられなくて…」

 仕事は確かに、誰にとっても楽なものではありません。一方で、日本人は仕事に生きがいを感じていらっしゃる方も少なくないでしょう。がんの方でも経済的理由ばかりではなく、その他の意味も含めて復職したい、新しい仕事を見つけたいと願っている方は少なからずいらっしゃいます。

 確かに仕事を通じて、社会とつながり、また重い病気にかかった際にしばしば訪れるスピリチュアルペイン(生きる意味の揺らぎ;以前の連載も参考にしてください)を回復し得る一つの手段とも言えるでしょう。

 前述の男性も、はっきりと明示はされませんでしたが、そのような思いだったのだと感じました。

 元々仕事人間であり、単身者でもあった彼は、職場での関係が人間関係のほとんどでした。それも退職により、断ち切られてしまいました。治療して延長している生には「ただ生きているだけ」との思いが彼にはぬぐえません。経済的な理由より、生きがいを求めていらっしゃったのです。社会の役に立っている実感も得たかったのです。

 そしてまた重い病気は、不安や「考えたくないのだけれども考えてしまう」状況を頻繁に呼びこみます。体を動かさないで、家であれこれ考えていると、あまり良い方向に考えが向かわないこともしばしばあります。がんとともに長く生活していらっしゃる方は、むしろ仕事をうまく気分転換の手段として、つまり家にいるとずっと考えてしまう病気や生死のことから離れる良い方法として使っていらっしゃると感じます。

 結局それが、長く質に満たされた生活を続けるコツなのかもしれない。私は就労を続けながら外来に笑顔で通って来られる患者さんをみるとよくそう考えます。


 年末年始にかけ、Yahoo!等のポータルサイトのトップページに何度もがん患者さんの就労についての記事が掲載され、良かったと思います。

 厚生労働省がまとめた『がん患者の就労や就労支援に関する現状』を読むと、状況は楽観的ではありません。

 報告書によると、仕事を持ちながらがんで通院していらっしゃる方は実に全国で32.5万人もいます。そしてがん診療連携拠点病院に寄せられる「働くこと」に関する相談のうちの約4割は「仕事と治療の両立の仕方」(第2位。1位は経済面)です。皆さんは仕事をしながら、治療を受け、何とかその両立を図ろうと努力されています。

 一方で勤務者の34%が依願退職・解雇、自営業者等の方の13%が廃業に至っているとの現状があるのです。


 がんは、他の疾患と比べると、比較的良い状態が最後の2~3か月前まで続く特徴があります。

 また疼痛とうつうに対しての適切な医療用麻薬の治療では、「意識に影響を与えず」苦痛緩和ができます。私の外来患者さんでも、医療用麻薬を使って苦痛緩和をされながら、知的労働を含めて、繊細な、判断力を要する仕事をしている方も当然いらっしゃいます。

 適切な医療用麻薬治療は判断力にも性格にも影響を与えてはいません。もちろん必要な医療用麻薬の量をうまく調整し、むやみに増やし過ぎない等の通常通りの配慮は必要です。

 がん患者に対する就労支援モデル事業として、平成25年度からがん診療連携拠点病院とハローワークの協働も全国5か所で始まっています。がん患者のうちの3人に1人は就労可能年齢(20~64歳。罹患者全体の32.4%)であることを考えると、支援体制のますますの拡充が求められるでしょう。

 それと同時に、私からのお願いは、どうか企業の方にも「比較的末期まで良い状態が保持される傾向がある」進行がんの方を受け入れて頂きたいというものです。確かに治療に伴う体調の変化、例えば就労の妨げとなる倦怠けんたい感や下痢などの副作用が一過性に出現しうるなど、まったくの健康人を雇うよりも大変な場合、躊躇ちゅうちょする場合もあるとは思います。しかしその一方で有能な人材、頼りになる働き手が埋もれているとも思います。そしてまた病を得たものであるからこそ培われた、細やかな配慮や優しさにあふれた方も多くいらっしゃいます。罹患りかんされている方の希望があれば、ぜひ就労可能かどうかを罹患者とともに担当医に尋ねて頂きたいと思います。


 がんの累積罹患リスクは生涯で男性54%、女性41%(がん情報サービス)です。

 誰もがなり得る状況であり、明日の我が身かもしれません。「がん=近い将来の死」であった時代は終わりを告げているにも関わらず、いまだに「がん」という言葉は必要以上に重々しく捉えられ、その世間の感覚が就労の妨げになっているとも感じます。実際は、私より活動的で、より創造的な進行がんの方もまったく珍しくないのです。個人差がとてもありますから、「がん患者」ではなく、どうか目の前の「○○さん」の事情や状況はどうなのかということを担当医の意見も求めながらよく見て頂きたいと思います。

 「がんとともに生きる」ことになっている時代、経済的な安定や生きがいを継続的に得られることは質に満たされた生活を送るうえで非常に重要だと思います。もちろん無理をして働くことはありませんが、希望がある方には、必要としている方には、どうか職が与えられてほしいと思います。そして世間一般にももっと、現代のがん治療の考え方や、進行がんを抱えていらっしゃる方の生活のことが知られてほしいと思います。

 「先生…ダメでした。問題外だそうで…仕方ありません、諦めます」

 50代の彼は、窓口ですげなく断られてしまったそうです。聞いた私もとても残念でした。

 一朝一夕には変わりませんが、上と現場の努力と、世間の正しい理解の広まりで、彼のような苦悩が改善されてゆくことを願います。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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