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闘病経験生かす「患者の語り」…聴き手の意識・行動に変化

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 病気としっかり向き合うきっかけとなった出会いや言葉、受診をためらった理由――患者の語りを、別の患者や家族、医療に携わる人の意識や行動に働きかける活動が始まっている。

 「血糖値の調節が目標の人生から、どう生きたいかを考えられるようになった」

 昨年12月上旬、医療機器メーカー「日本メドトロニック」(東京都港区)の一室。血糖値を下げるインスリンが分泌されなくなる1型糖尿病患者の香川由美さん(33)は、カメラの前にいた。手には、「相棒」と呼ぶインスリンポンプ。おなかに針をさして装着し、インスリンを注入する医療機器だ。

 この日は、同社が社員向けに公開する動画を収録していた。自社製品を使う患者に語ってもらう企画だ。

 香川さんは、ポンプを使い始めて、血糖値の調節がうまくできるようになり、友人と、大好きなコーヒーとドーナツを楽しんだことなどを話した。「社員の皆さんが、仕事に誇りと意欲を持ち、よい仕事につながればうれしい」と話す。

 香川さんは、患者の体験を話す訓練を受けた「患者スピーカー」だ。

 養成するNPO法人「患者スピーカーバンク」理事長の鈴木信行さんは、先天的な病気である二分脊椎にぶんせきつい症やがんの患者として学会や講義で語り、別の患者の語りも聴いた経験から、「一方的に話すだけでは、聴衆が何かに気づき、医療を変える具体的な行動に結びつかない」ことを痛感した。

 研修ではまず、闘病経験を振り返る。紙に書きだしたエピソードを、参加者同士で質問して感想を伝え合う。大したことがないと思った話も、参加者の指摘で、大切なメッセージが伝えられると気付くこともある。

 学生への講義、製薬会社の社員研修など場面に応じ、何をどう伝えれば相手の意識や行動の変化につながるかを徹底的に考え、内容を構成する訓練もする。

 北里大学薬学部教授の鈴木順子さんは、2年生の授業で、患者スピーカーに講義を依頼する。闘病に伴う心の浮き沈みを受験勉強にたとえて考えさせたり、学生同士で討論させたりする講義を、「言葉の使い方がうまく、飽きさせない。学生でも知識が増えると、無意識に患者を侮ってしまう。患者から多くのことを学べると気付く貴重な機会です」と評価する。

 プロの聴き手が、語りを生かす活動もある。NPO法人「健康と病いの語り ディペックス・ジャパン」は、インタビューの分析方法を学んだ研究者が患者や家族の語りを聴き、映像や音声をデータベース化してウェブ(http://www.dipex-j.org/)でテーマごとに公開する。大腸がん検診では、35人の語りから、検診の意味がわからずに受けたり、生活に追われて受診を逃したりする現状が浮かび上がり、受診率を上げるヒントを得た。

 聴き手の一人、電気通信大特任准教授の菅野摂子さん(医療社会学)は「個々の語りから、共通する思いや問題をくみ取るのも私たちの役目」と説明する。

 語りは、患者の心境の変化ももたらす。患者スピーカーの育成にも携わる香川さんは、「自分の経験がだれかの役に立つと知った時の喜びは大きい。つらく苦しい経験も、意味があったとも気付く」と話している。(中島久美子)

◇        ◇        ◇

 ◆患者の語りを社会に生かすシンポジウム 患者スピーカーバンク主催。2月1日午後1時、エーザイ本社(東京都文京区)で。患者スピーカーの講演や、医療従事者、製薬企業の担当者らとの意見交換、参加者によるグループワークなど。資料代1000円。申し込みはinfo@npoksb.orgへ。

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