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ケアノート

コラム

[白取春彦さん]突然 苦しさ消えた…父の介護「やるしかない」

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「学生時代から自炊していたので、料理は苦になりません。父が特に喜んでくれたのは、2、3時間かけて煮込み、味のよくしみこんだおでんでした」=栗原怜里撮影

 作家の白取春彦さん(60)は、父百英ももえさん(2012年、87歳で死去)の介護のために実家に戻り、施設に入居できるまでの10か月間、世話をしました。

 介護保険の知識もなく、当初は「絶望的な介護」でしたが、ある日突然覚悟が決まり、苦しさが消えたと振り返ります。

認知症進む

 両親は青森市内の実家で2人暮らし。僕は東京で仕事をし、時々実家を訪ねていましたが、ある時、玄関にあったゴミ袋の中身が、妙に汚れていることに気づきました。便がついていたのです。洗面所や風呂の水を出しっぱなしにして、月3万円以上の水道代を請求されたことがあったのも分かりました。両親の認知症が進んでいたのです。

 子は僕だけですから、僕がみるしかない。東京の家を引き払い、実家に戻りました。

 2009年9月、実家の離れで暮らし始めた。直後に母とみさん(88)が体調を崩して入院。父との2人暮らしになった。

 当時は「超訳 ニーチェの言葉」を執筆中でしたが、朝6時に起き、父の食事を作って食べさせ、合間に買い物や家事をするだけで一日が終わる。父が寝た後に執筆しても、疲れていて1時間ほどでうたた寝してしまう。医師に酒もたばこも禁じられているのに、父が午後3、4時から飲み始めるのも問題でした。

 当初は介護保険の知識もなく、ヘルパーを頼むことも知りません。最初の4、5か月で体重は8キロ減り、父を殺すか、自分が死ぬかのどちらかしかないと思い詰めました。

 12月ごろ、知人の勧めで介護保険の手続きをしました。認定は父が要介護2、母が要介護3。すぐに母が要介護4に上がり、その後、父も要介護4になりました。

 朝夕に1時間ずつ、ヘルパーさんに来てもらうようにしました。が、ヘルパーさんがいる間は、なぜか父は問題を起こさない。面倒なことが起きるのは、常に僕一人の時。おむつを使った方がいいと言われましたが、父にもプライドがあるのでしょう。おむつをしたふりをして、全部捨てていた。そして便がついたパンツを洗濯機に入れて回してしまう。すべて洗い直しです。

「嫌々」をなくす

 母は10年1月に老人ホームに入居できましたが、父は入居待ち。母の入居費用のほか、仕事で東京に行く時は別のホームに父を預けるので、ホテル並みの費用がかかる。本が売れて100万、200万円にでもなれば、それでとりあえず4、5か月は生きていられるか、と考えていました。

 ところが、介護を始めて半年ほど過ぎたある日、突然、心境が変化したという。

 10年の春ごろでしょうか。買い物に行き、青空の下を自転車で走っていたら、急に目に入る景色のすべてがクリアになり、すがすがしい気持ちになった。介護はしんどいけれど、とにかく父に3食、うまいものを食わせよう、という気持ちになったのです。

 一種の覚醒体験でしょうか。苦しい行をした僧が悟るとしたら、こんな気持ちになるのかもしれません。「事実を認める」ということだと思うのです。介護を嫌だ嫌だと思っていた「感情」がなくなり、自分がやるしかないという「事実」だけを見ることができるようになったのです。

 多くの哲学者が言っていることですが、人の考える「事実」の中には、思惑や妄念、想像や期待が含まれています。「どうして私が」「こんなはずではなかった」と思うと、物事がすべて苦しくなる。

 ヘルパーさんに一度、「どうしてこんなしんどいことができるのか」と尋ねたのですが、答えは「仕事だから」。なるほどと思いました。感情を排除し、「仕事だからやらねばならない」という事実だけを見ているのですね。

ニーチェの言葉

 10年7月、百英さんも老人ホームに入居し、介護生活は一段落した。百英さんは12年9月に亡くなり、今はとみさんを時々見舞いながら、実家で一人で暮らしている。介護のまっただ中に刊行された「超訳 ニーチェの言葉」は、ニーチェの明るく前向きな言葉を取り上げ、支持を集めた。

 本で取り上げた言葉は感覚で選びましたが、その選択にも父を介護していた経験が影響していると思います。それがなければ、もっと皮肉っぽく頭で考えただけの本になっていたかもしれませんね。

 僕が哲学に詳しいといっても、哲学者の言葉のすべてを理解しているわけではないんですよ。哲学者の言葉は、自分の経験と相まって、初めて理解できるものだと思います。

 実はニーチェはあまり好きではなかったのですが、介護の経験を通じて、ニーチェの言葉、例えば「すべての良い事柄は、遠回りの道を通って、目的へと近づいていく」などの意味が、実感を伴ってよく分かるようになりました。

 今、家族の介護をしていて「苦しい」と思っている人は、自分の「感情」を捨てて、介護する相手のために力を尽くすことで、新しい世界に行けるのではないでしょうか。(聞き手・森谷直子)

 しらとり・はるひこ 1954年、青森県生まれ。独協大外国語学部卒業後、ベルリン自由大学に留学し、哲学、宗教、文学を学ぶ。85年に帰国後、哲学や宗教についての入門書、解説書を多数執筆。2010年、「超訳 ニーチェの言葉」を刊行、ベストセラーに。他に「仏教『超』入門」「超訳 聖書の言葉」など。

 ◎取材を終えて 「超訳 ニーチェの言葉」の最後に「自分しか証人のいない試練に自分をかけよう」という内容の言葉が紹介されている。そうすることで本物の自尊心を持つことができ、強力な自信、自分への褒美となるという。故郷に戻り、たった一人で介護に立ち向かった白取さんは、まさにそれを実践したのだろう。体験した人にしか選べない言葉。この本のニーチェの言葉がどれも温かさにあふれている理由が分かる気がした。

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