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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

医療とお金(15)労災の認定、遠慮せずに請求しよう

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 労災という言葉は、ほとんどの人が知っています。けれども、いろいろな誤解も多く、制度の内容が必ずしも広く理解されているとは言えません。通勤中の事故を含め、労災にあたるのに請求されていないケースがかなりあるようです。

 ポイントを知って、労災保険をしっかり使いましょう。


医療費は自己負担なし、手厚い給付

 仕事に伴って労働者がけがや病気をしたときは、労働災害になります。労働基準法に基づき、事業主が補償しなければなりません。とはいえ、労働者や遺族がいちいち事業主と交渉するのでは救済がスムーズに進みません。そこで、政府が運営する保険から給付するという労災保険(労働者災害補償保険)の制度が、戦後まもない1947年につくられました。

 労災認定されたけがや病気は、自己負担なしで医療を受けられます(通勤災害は最初に200円のみ負担)。療養のために仕事を休むと4日目から元の平均賃金の8割が休業補償などで保障されるのをはじめ、障害、介護、遺族などの給付が、わりあい手厚く行われます。

 仕事と関係ない病気やけが(私傷病)を健康保険で治療する場合に比べ、はるかにメリットがあります。とくに重いけがや病気、死亡のときは、天と地ほどの開きとも言えるでしょう。


本人のミスが原因でも、労災になる

 労災保険の給付対象になるのは、業務災害と通勤災害です。このうち業務災害は、簡単に言うと、仕事をすることによって生じた(業務起因性)ということです。

 仕事中につまずいて転んだような場合はもちろん、本人のミスが原因で事故が起きたときでも、業務災害になります。だいたい事故は何らかの不注意で起きることが多いので、それを除外していたら、労働者の保護、社会復帰の促進、遺族の援護という制度の目的に合いません。

 「自分が悪いんだから」などと、遠慮する必要はないのです。

 本人の重大な過失(法令違反)や犯罪行為(結果の発生を意図しないもの)によって事故などが起きた場合でも、休業、障害の給付は減額されますが、医療、介護、遺族、葬祭料などの給付は受けられます。一方、わざと事故、けが、病気、死亡を招いたときは、給付は行われませんが、業務のせいで精神的な障害に陥って自殺したときは、故意にあたらないとされています。


事業主に対する責任追及ではない

 労災認定を請求すると、会社にたてつくことになるのでは……。そんな心配をする人が多いようですが、少なくとも制度の趣旨から言えば、勘違いです。

 労災保険は、事業主が加入する保険です。保険料は全額、事業主が負担します。業務上の災害や病気が生じたときは、事業主に代わって政府が補償します。だから労災は、政府(具体的には労働基準監督署)に請求して認定を受け、政府から給付を受けるのであって、事業主が費用を負担するわけではありません。

 事業主のほうに過失や安全配慮義務違反があったかどうかも、労災の請求・認定とは関係ありません。事業主が努力していても、労災が起こることはあるわけで、労災の請求は、事業主の責任を追及するものではないのです。

 もしも安全管理・労務管理に問題があって責任を追及したいときは別途、民事上の賠償請求や訴訟をするのが一般的です。民事の場合、労災保険からは出ない逸失利益、慰謝料も請求できます(民事賠償と労災給付は二重の給付にならないよう互いに調整)。場合によっては、労基署の権限発動の要請、刑事告訴をする方法もあります。


事業主が証明してくれなくても請求できる

 労災の請求には、事故の状況・原因などの事業主による証明が、原則として必要です。

 現実には、労災請求をいやがる会社はけっこうあるようです。労災保険の趣旨を会社がよく理解していない場合も多いほか、労働者死傷病報告を労基署に出す手間、労基署から状況確認や指導を受ける可能性、将来の労災保険料が増える可能性、建設業などの公共入札で不利になる可能性、追加で民事賠償を求められる可能性などが理由でしょう。

 しかし、明らかな労災を隠すのは違法です。また、労災かどうかで意見が合わず、どうしても事業主に証明してもらえないときは、医師の診断書などを添えて、労基署に直接、書類を出すこともできます。労働者側に立つ弁護士や社会保険労務士、労働組合などに相談しましょう。個人で入れる労働組合もあります。

 労災認定を請求中の医療は、とりあえず労災扱いで受けられます。結果的に認定されなかったときは、後から健康保険との間で費用の調整が行われます。


零細企業でもバイトでも不法就労でも、労災の対象

 労働者を1人でも使う事業なら、原則として労災保険制度が強制適用になり、事業主は加入する義務があります。加入が任意なのは農業、畜産業、養蚕業、水産業、林業のうち、個人経営の小規模なものだけです。

 労災保険の対象となる労働者は、雇用形態も労働時間も問いません。パート、アルバイト、臨時雇い、日雇いも含まれます。試用期間中の人、在宅勤務の人、海外出張中の人も対象です。派遣労働者は派遣元の事業主が加入します。外国人の技能実習生、不法就労の外国人も対象です。個人請負などの形をとっている場合も、労働者性(指揮命令関係など)を実態に即して判断します。

 事業主が加入の手続きを怠ったまま、労災が生じたときも、労働者・遺族への給付は行われ、政府が後で事業主から一定の範囲の費用を徴収します。

 国家公務員、地方公務員(非現業職員と現業の常勤職員)、特定独立行政法人(造幣局など)の職員は、労災保険の適用外ですが、公務員の災害補償制度の対象になります。


中小事業主、一人親方、海外派遣者は特別加入できる

 事業主(経営者)や自営業の人は、労災保険の対象になりません。でも、そういう人たちが仕事上のけがや病気をすることもありますよね。そこで「特別加入」という制度があります。以下のいずれかにあたる人は、特別加入できます。

【中小事業主】労働者が300人以下の事業所(金融・保険・不動産・小売業は50人以下、卸売・サービス業は100人以下)で、労働保険事務組合に事務を委託する場合。法人の役員も。

【一人親方】個人タクシー、個人運送業、大工、左官、とび職人、漁船による水産物採捕、林業、医薬品配置販売、廃棄物収集など。その家族従事者も。

【特定作業従事者】個人で行う農業の一部、職場適応訓練、家内労働、労組役員、介護など

【海外派遣者】企業から海外事業への派遣(現地採用はダメ)、青年海外協力隊など。




業務災害に勤め人の健康保険は使えない

 勤め人向けの健康保険(社会保険)の場合、労災にあたる業務災害は対象にしていません。だから業務災害なのに健康保険で診療を受けるのは、そもそもルール違反なのです(通勤災害はどちらも使えるが労災保険優先が原則)。

 以前は、健康保険加入者の副業、扶養家族のシルバー人材センター、学生インターンシップ、障害者の作業所のように、雇用関係でない就労で起きた事故は、健康保険も労災保険も使えず、「制度の谷間」でしたが、2013年10月から健康保険で医療が受けられるようになりました。

 しかし法人の役員の経営者としての業務による災害は、健康保険も労災保険も使えません(社会保険加入者が5人未満の法人は使える)。災害リスクのある業種の中小企業なら、労災保険に特別加入するなどして備えるほうがよいでしょう。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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