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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

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近藤誠さんが流行る深層(7)“近藤誠さんたち”を生み続ける背景と対策

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 これまでの6回、お読みくださりありがとうございました。

 30代後半女性で幼いお子さんがいる乳がんの患者さんの話です。ある病院で診断された後、近藤さんにかかり、6ヶ月放置しました。完全な無治療でしたが、痛み、呼吸困難、せきに苦しんで、末期的状態で入院して来られました。もちろん診断された時点で放置せずに治療していれば、もっと長生きできたと思います。私の同級生の母は進行乳がんでしたが、治療したため、思春期だった2人の子供が医師になるのを10年以上生きて見届けました。

 医師が声を上げているのは利権のためではなく、この悲劇を起こさないためです。


【6回のまとめ】

 一つの事象の背景には、それが起こる様々な理由があります。

 近藤誠さんが流行はやる深層には多様なものが存在していると思いますが、その中でも主だったものではないかというものを記してきました。


 これまでの6回をまとめます。

 近藤誠さんが流行るのは、近藤さんの作品の特色と、その力を借りて生きるために動く一部メディアの力があります。情報過多だからこそ、人は「わかりやすさ」へより引きつけられ、それが近藤さんや一部医師の極端な言説に向かわせる側面があるでしょう。

 また同じく情報が豊富であることは、逆に何を選択したら良いのかということを見失いがちにさせ、わかりにくい傾向があるがん医療においても不安や不信を形成しやすいものとも言えるでしょう。

 不安や不信を形成しやすいがゆえに、本来はより密にコミュニケーションを取ってゆくことが、患者さんやご家族ばかりではなく医師や医療者にとっても利益になります。しかし現実は、医師の時間不足から来るコミュニケーションの質・量不足で、ただでさえ情報が豊富であるゆえに迷いがちな患者さんやご家族が医療に納得のいかない思いを抱くことがしばしば認められます。また、治療についてもよく聞いて判断し、自身の意思を反映してもらいたいという患者さんが増えていることも、求める量に相応するコミュニケーションの不足を招きがちです。現実的な対策として、患者さん側も上手に工夫をして、担当医から必要な情報を引き出すことが大切になっています。もちろん医療者側も短い時間に信頼を得られるに足るコミュニケーション能力を涵養かんようすることが重要でしょう。

 またもう一つは、医療者がつらさや苦しさに適切に対処する、というのも大切なことです。がん治療においてそれが不十分だと、治療に対する不信が増し、医療不信の言説が流行ることになります。

 現状は構造的な問題も少なからずあるため、ますますそれぞれの環境を理解したうえで、不信をあおるものには加担せずに賢く動いてゆく、それぞれが自分にできることから行ってゆくということがますます重要となっているでしょう。

 背景が変わらぬ限り、今後も“第二・第三の近藤誠さん”が現れうるでしょう。この連載を続けてきたのは、その存在が生まれる背景を知り、それぞれが極論に対して耐性をつけることで、皆さんそれぞれの将来の選択や社会をより良くすることにつながると考えたからです。

 いくつか思ったことを述べて、補足及び対策とします。


【補足と対策】

★「近藤誠さん」を作ったのは一部メディアである

 私はそう思います。チェック機能をあまり働かせずに、「単純化」「善悪論」「陰謀論」の極論を流すことで、注目を引きやすいそれは売り上げに貢献し、その市場原理によって、世界中でも例のない仮説を日本に広げることになりました。そして冒頭の女性のような悲劇を引き起こしています。最近はますます話題を引きつけるべく近藤さんは論を極端化させています。極論は注目してもらえ、短期的には売り上げの上昇となって現れ、一部メディアの売りたいという思いとも相性が良いのです。しかし、よく見ると、だいたい無批判に論を流しているメディア(会社)はある程度決まっています。それを「見ない」「買わない」「話半分」が最も有効です。


★「私学の雄」と呼ばれるような有名大学に勤務され、講師に留まったこと

 有名大学のご出身、勤務であることも説得力を持ちました。また、近藤さんが講師に「留め置かれた」という論まで出ています。例えばウィキペディアには、“論文「乳ガンは切らずに治る」を『文藝春秋』を発表して以降、昇格を絶たれる(原文ママ。2014年12月17日確認)”とありますが、文芸誌への寄稿は昇格の評価の基準となる「医学論文」ではなく、論文検索で確認すると90年代の半ば過ぎから(査読者がいて評価の対象となる原著の、第一著者の)医学論文の執筆はほとんどなさそうです。純粋に、昇格するのに必要だった論文等の業績が少なかったと言うことがあるのではないでしょうか。支援者や識者もよく好意的に評価をしてこのような論を広めるのかと本当に感心します。今も不正と孤高に闘うイメージはこうして形成されました。

 実際、よい臨床家であることと大学名には相関はなく、ブランドやイメージを中心に評価しがちであることに私たちは注意しなければいけないでしょう。


★言葉の問題と高評価する識者の存在

 近藤さんの挙げる証拠の原文を読んでみると、実はそういうことが記していなかった、ということがあります。

 英語で日常的に文章が読まれる国であれば、一般の方が英語の論文を読むことも相対的に敷居が低く、近藤さんが出典としている論文を読むことも気軽にできて、その言説にこれほど多くの方が惑わされることはなかったでしょう。良い悪いではなく、このような日本の環境ゆえの特性もあると思います。なお論文の原文はインターネットで簡単に読める時代になっています。

 根拠をよく確認せずに支援して来た一部知識人の影響もあると思います。データの読み方などの科学的な思考法を、10代のころから教育してゆく必要があると感じました。


 次回が最終回になります。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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