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「命の選別」広がる恐れ…着床前検査、臨床研究へ
染色体 高精度で分析…不妊、流産悩む人には朗報
受精卵の染色体異常を調べ、異常がないものを子宮に戻す着床前スクリーニング(ふるい分け検査)について、日本産科婦人科学会の倫理委員会は25日、臨床研究の実施計画案を了承した。
理事会が承認すれば来年度にも始まり、不妊に悩む女性には福音となる可能性がある。一方、中絶につながる可能性もある胎児の出生前検査に比べ「命の選別」に対する心理的抵抗感が少なく、安易な拡大を懸念する声もあがっている。
■「ありがたい技術」
三重県四日市市の女性(37)は31歳で結婚し、3年後に体外受精で妊娠したが、ごく初期に流産。さらに不妊治療を続け、計6回の流産を繰り返した。絶望の中で「私の体が悪いんだ」と自分を責めた。
昨年8月、医師の紹介で、学会が指針で認めていない着床前スクリーニングを実施している神戸市中央区の不妊治療専門「大谷レディスクリニック」を訪ねた。11月に女性は着床前スクリーニングを受け、染色体に問題がなかった受精卵4個のうち、一つを子宮に戻した。今年2月に妊娠が判明し、10月に長女を出産した。
「流産を繰り返した私にはありがたい技術。高齢なので焦りもあった。不妊や流産に悩む人の希望になってほしい」と話す。
一般に女性の年齢が上がるほど受精卵の染色体異常が増え、着床しなかったり、流産したりしやすい。こうした女性にとっては期待がかかる技術だ。
大谷徹郎院長によると、クリニックで着床前スクリーニングを行い、受精卵を移植できた場合、妊娠率は約6割で通常の体外受精の妊娠率(39歳平均27・4%)と比べて約2倍、流産率も全国平均の約30%に対して10%に下がったという。
■3年間で効果検証
学会は指針で受精卵診断の対象を重い遺伝病の患者などに限定し、一般の不妊患者には認めていなかった。染色体に異常のある受精卵は子宮に戻さないため、2割は生まれる可能性があるダウン症などは最初から排除されてしまうからだ。
今回、学会が臨床研究を検討する背景には検査技術の進歩がある。従来の検査法では23対の染色体のうち、一部しか調べられなかった。これに対し、新技術は「アレイCGH法」と呼ばれ、全染色体を一度に高精度で調べられる。欧米で広まり、妊娠率が向上したとの報告もあり、医学的検証を求める声が高まっていた。
また、昨年4月に始まった新型出生前検査は母体からの採血で胎児の染色体異常を調べ、結果が陽性の場合、人工妊娠中絶につながっている現実もある。この検査を認めながら、中絶の必要がない検査を認めないのはおかしいとの声も現場から上がっていた。
今回の臨床研究は、実施施設も対象患者も限定して行われ、3年間で医学的な効果を検証し、有効な場合は倫理面も含めて是非を検討するとしている。
着床前スクリーニングについて大谷院長は「染色体異常のある受精卵は大半が流産や死産につながる。むしろ生まれてくる命を育む技術。患者には受ける権利がある」とするが、批判も多い。市民グループ「生殖医療と差別」のメンバーで「受精卵診断と出生前診断」の著書がある利光恵子さんは「流産防止のためと言いながら、結果的には染色体に異常のある受精卵を選別し、廃棄している。産むための医療から、障害を持った子どもを排除する医療になっている」と危惧する。
また、流産につながりにくい比較的軽い染色体異常を発見した場合に、どこまで患者に伝えるのかという問題も浮上している。
■国民的議論が必要
36年前に試験管ベビーとして世界中に衝撃を与えた体外受精。国内では2012年に約3万8000人が生まれている。米国では、男女産み分けや親の望む優れた遺伝子を持つ理想の赤ちゃん「デザイナーベビー」の研究も進む。生殖技術の進歩は、子どもを持てない人にとっては福音となる一方、命の選別や操作という重い課題を突きつける。
どこで線引きするのかは、その時代や社会の要請で決まることだ。私たちは、どのような社会を目指すのか。学会内にとどまらない国民的な議論が必要だ。(編集委員 鈴木あづさ)
着床前スクリーニング |
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体外受精で受精卵をつくり、染色体異常を調べた上で異常のないものを子宮に戻す。日本産科婦人科学会で検討されている臨床研究では、全染色体の数の異常を検出する方法を使う。流産を繰り返す女性などを対象に出産率や妊娠率を上げるのが目的。重篤な遺伝病が子供に遺伝するのを防ぐことなどを目的に、極めて限定的に行われている「着床前診断」とは区別されている。 |
生殖医療の選択肢 規制検討すべきだ
不妊治療専門「IVF大阪クリニック」の福田愛作院長の話「出産の高齢化に伴い、当院の患者も4割を40歳代が占める。45歳では体外受精をしても、1回の採卵につき、出産につながるのはわずか0.7%。その主な理由が受精卵の染色体異常だ。
米国では着床前スクリーニングを希望すれば誰でも受けることができ、受精卵を子宮に移植できた人の妊娠率が向上したとの報告が出ている。世界でも多くの国で生殖医療の選択肢の一つとして普通に行われている。海外で利用できる技術が、生殖医療大国といわれる日本で利用できないのは不合理ではないか」
柘植あづみ明治学院大学教授(生命倫理学)の話「着床前スクリーニングは、受精卵の段階で『命を選ぶ』可能性がある。結果的に病気や障害を抱えて生きる人の否定や排除につながりかねない技術だ。流産予防という面だけが強調されて広がるのは問題だ。
医療者が受精卵を操作し、命を選ぶ。その容易さから、海外では胎児の出生前検査や中絶に関する法律よりも、受精卵診断の法律やガイドラインの方が厳しくなっている。生命倫理に関する技術は、広く社会で議論し、法律など何らかの規制も検討すべきだ」
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