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中村祐輔の「これでいいのか!日本の医療」

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インフルエンザ治療薬がエボラ出血熱に効く?

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 日本の企業が開発した治療薬が、エボラ出血熱に有効かもしれないと話題になっている。インフルエンザ治療薬が、なぜ、エボラウイルスにも効果を示すのか? それは、この薬剤がインフルエンザウイルスのもつRNAポリメラーゼに作用してウイルスの増殖を防ぐ仕組みになっているからである。

 といっても、難しいので、ウイルスが増える仕組みを簡単に説明する。インフルエンザウイルスもエボラウイルスも、ウイルスの粒子の中にRNA(リボ核酸)と呼ばれる物質をゲノム(遺伝情報)の構成成分として持っている、RNAウイルスに属する。人間や高等生物から大腸菌に至るまで、そのゲノムはDNA(デオキシリボ核酸)を成分としているのに対し、ウイルスにはゲノムとしてDNAを持つものとRNAを持つものがある。

 DNAをゲノムとして保有するウイルスの代表例としては、B型肝炎ウイルスのほか、子宮けいがんに関係するパピローマウイルスがある。同じように肝炎を起こすウイルスでもC型肝炎ウイルスはRNAをゲノムとして持っている。RNA型にせよ、DNA型にせよ、ウイルスは人間や動物の細胞の中に入り込んで、その細胞の中の部品を勝手に無断使用して、ウイルス自身に必要な部品を作り出し、自分のコピーウイルスをたくさん増やし、細胞を破壊していく。

 もちろん、ウイルス自身も自分の部品を作るために必要な遺伝子をもっており、その部品の一つが「RNAポリメラーゼ」(RNAを合成するために必要な酵素)である。インフルエンザのRNAポリメラーゼとエボラ出血熱ウイルスのRNAポリメラーゼに類似性があるために、薬剤が両方のウイルスの増殖を抑えていると推測される。


患者の家族が感染しなかった謎

 われわれが人間の個体差を調べた際にも、DNA合成酵素やDNA修復タンパクなどには個人差は非常に少なかったと記憶している。それに対して、環境変化や感染症などに対応するために必要な免疫に関連する遺伝子は非常に民族差が大きかった。DNAやRNAなど生命体にとって最も基本的なものは種を超えて保存されているため、二つのウイルスでの類似性が高く、一つの薬剤が二つのウイルス(他にもあるかもしれない)に有効であったのであろう。

 それに加え、今回のテキサスのエボラ出血熱のケースで不思議に思ったのは、2日間生活を共にした家族が発症しなかったことである。病気が進行するとウイルス量が飛躍的に増えるので、入院した際には患者体内のウイルス量がかなり多かったに違いないだろう。とはいえ、看護師はちゃんと防御していたのであるから、2日間も共に生活していた家族よりもウイルスにさらされるリスクは格段に低かったはずである。

 一緒に住んでいる人たちは、エボラウイルスに感染しにくいのでは……と考えているうちに、HIV(エイズウイルス)感染症(AIDS)の例を思い出した。HIV感染症の場合に、ホモセクシュアルでパートナーがエイズ患者であったのに感染しなかったケースや同じ注射器で薬の使い回しをしていたのに感染しなかったケースが一定の割合で存在した。


もっと世界に目を向けた政治を

 私の知人であるマイケル・ディーン博士(米国立がん研究所)が約20年前、「HIV感染を起こしにくいケースでは遺伝子にどこか違いがある」と信じて研究を始めた。数年後にCCR5という細胞表面にあるタンパクの違いがHIV感染症に関係するという大成果につながった。HIVウイルスはCCR5という物質がないと細胞内部に入り込めず、増殖できないのだ。この仕組みを利用して、CCR5の溝に蓋をする分子がHIV治療薬として開発されている。

 われわれが肝炎を調べた結果でも、免疫に関係するHLA(白血球の型)によって、肝炎ウイルスが体内に入ってきた時に、ウイルスを排除する強さが違ってくることが明らかになっている。

 エボラ出血熱でも、重症化して亡くなった方と抗体が速やかにできて回復した方、ハイリスクなのに発症しなかった方のゲノムを比較すると、HIV感染症のCCR5に匹敵する分子が見つかり、治療薬に開発に結び付くかもしれない。血液の取り扱いには厳重注意が必要だが。

 日本国内で危険なウイルスが扱えなくても、医療団を派遣することや上記のような研究支援・治療薬開発支援をすることで国際貢献することができるはずだ。政治資金も重要かもしれないが、コップの中の争いよりも、もっと世界に目を向けられないのか、この国の政治は?

AIDS(後天性免疫不全症候群acquired immune deficiency syndrome)/>  ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)によって引き起こされる感染症である。1980年代後半にはAIDS=死を意味するくらい恐れられていた。いくつかの薬剤の併用療法によって致死率は下がったものの、現在でも年間100万人以上がHIV感染症を原因として亡くなっていると推測されている。

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中村 祐輔(なかむら ゆうすけ)

1977年大阪大学医学部卒業、大阪大学医学部付属病院外科ならびに関連施設での外科勤務を経て、1984-1989年ユタ大学ハワードヒューズ研究所研究員、医学部人類遺伝学教室助教授。1989-1994年(財)癌研究会癌研究所生化学部長。1994年東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授。1995-2011年同研究所ヒトゲノム解析センター長。2005-2010年理化学研究所ゲノム医科学研究センター長(併任)。2011年内閣官房参与内閣官房医療イノベーション推進室長を経て、2012年4月よりシカゴ大学医学部内科・外科教授 兼 個別化医療センター副センター長。

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