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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

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近藤誠さんが流行る深層(2)その言論の特性

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 前回の記事は近藤さんの子宮けいがん検診への見解に、現在の標準的考えに照らし合わせて誤りがあることを指摘しました。

 2回目である今回から近藤さんの言説が流行はやる深層を掘り下げていきます。

 「『健康長寿』医者も薬も信じるな 健康診断が私たちを不幸にする」(文藝春秋2014年11月号)というタイトルの文章から見てみましょう。

 「日本人男性は何かと健診をうける機会が多いので、医療介入で命を縮めやすく、それが平均寿命を押し下げているのでしょう」(同掲書, p112)と書かれています。日本人男性は健診を受ける機会が多いために、平均寿命が下がっている(!)というのです。

 本当に原因が健診と医療介入なのだと、断定できるのでしょうか?

 近藤さんはフィンランドにおける一つの研究を用いて、この結論を出しています。

 なおその研究において、健診を行った群とそうではない群とに差が出た原因は、簡単に結論できるものではないことは専門家によって示されています(参考;「フィンランド症候群」の真実)。

 この研究はフィンランドの首都ヘルシンキの男性管理職のうち介入群612人には定期的な健康診断を行い、「5年間の介入期間中4か月ごとの受診時に、食事、運動、飲酒、喫煙に関して保健指導を行い、血圧と血清脂質値が目標値に達さなかった人に対して、降圧剤および脂質降下剤を投与」(参考より)したものです。

 「結果はというと、試験開始後15年間の総死亡率は、介入群が放置群を46%も上回りまし た」(近藤さんの解説。文藝春秋2014年11月号p112)。

 近藤さんはそのように書かれています。

 この研究の結果をまとめた1995年の論文をよく見てみると、まず1970年代という昔の、ヘルシンキという一地域の、男性管理職という限られた階層の人たちに限定した研究であり、また近藤さんの言うような「介入群」と「放置群」という2つの群の比較ではなく、「介入群」「対照群」「低危険群」「除外群」「協力拒否・無回答群」(及び「研究開始までに死亡した群」)という6群間(実質5群間)の比較であり、論文中に18年間の累積死亡率が示されています。

 しかも参考に挙げたホームページの“1992年までの累積死亡率”の表をみてもらえるとわかりますが、「対照群」だけ外因死(脳卒中、心疾患、がん以外の死因)がやたらに少ない(なぜかその一つの群だけ少なく、他の群は外因死が11.6~16.3倍も多い)という興味深いものです。

 この差は特異的に少なく、偶然とされています。

 いや、「(健診及び医療の)介入をしなかったからストレスが少なかったので外因死も少なかったのだ」と考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし介入がないのは「協力拒否・無回答群」も同じです。そのため「介入がないから外因死が少ない」とは言えません

 この外因死の少なさがなぜか「対照群」で突出しているため、この研究においては「対照群」の累積死亡率も低く出ている可能性があります。


 さてこのように本来、「健診及び医療介入が濃厚に死亡を増やしたといえる」というものではない40年くらい前の外国の一地域の研究を用いて、現代日本人男性全体の平均寿命まで影響しているのではないかと論を進めるのが、上記の論理展開です。

 また、日本人男性の「平均寿命が押し下がっている」との根拠は、「男性寿命の世界トップ10をみると、男女差は他が2~5年であるのに対し、日本は7年(2012年)。女性に比べて男性の寿命がきわだって短いのです」(同掲書, p110)とありますが、昔の先進国や、現在の後発発展途上国では、出産時の母体リスクの高さなどから本来は女性のほうが長い寿命が押し下げられて、男女差はほとんどなかったのです。それらの問題が大きく解決された、現代の平均寿命が長い先進国では寿命の男女差はむしろ開く傾向にあり、参考1を見てもらえばわかるように生物学的な違いのほかに、社会的な要因が複雑に関与していることが示されています。

 またむしろ、日本の場合は、女性の延びが突出しているとも指摘されています。日本人男性が短命なのではなく、日本人女性が長命だ、ということです。

 下記のインターネット上で利用できる資料が参考になるでしょう。

○ 参考1 「男と女の平均寿命の格差は解消可能か」阿部力
○ 参考2 社会実情データ図録 平均寿命の男女格差(国際比較)


 いずれにせよこのように本来、何かが一対一で結びつく、ということはあまりありません

 何かの事象の原因には複雑な要素が絡み合っています。

 しかし近藤さんの理論は白黒がはっきりしています。

 がんは「がんもどき」と「本物のがん」の2つ。

 日本人男性の平均寿命を押し下げているのは健診と医療介入。

 このわかりやすくするための「単純化」が特徴の一つと言えるでしょう。


 もう一つは、善悪をはっきりつけ、悪い勢力を明確に示すことです。

 先の文章でも、「白衣を着て立派に見えるが、知識や能力が足らず、安価な天丼のエビのように中身が貧弱」な『「テンプラ医者」のオンパレード』を挙げ(p116)、医療界の問題点とします。

 あるいは、「すでに日本の人口は天井を打って減少に転じたこともあり、このままにしておいては病人が減る。そこで健診を奨励して病人を生みだし、医療費のパイを維持・増大させようとたくらんでいるのです」「医者にとっても健診で病人を増やせるかどうかが死活問題です」(p119)という陰謀説

 厚生労働省は医療費をできるだけ抑制したいと考え、実際にそのような政策を取っています。

 また、病院に勤務する医者は診ている患者さんの数で給料はほとんど変わりません。

 病院の医者はむしろ病人が減ってくれればうれしいのではないでしょうか。

 この白黒・善悪を明確に示し、悪い存在をあぶり出し、という「善悪論」とその論拠として「陰謀論」を出すものも特徴と言えるかもしれません。

 しかし世の中を見返すと、売れているもの、手に取られるものには、多分にこれらの「単純化」「善悪論」「陰謀論」が加えられていると感じます。これがうける技術なのかもしれません。

 また娯楽と割り切って楽しめば良いのですが、例えば流行っているテレビの医療ドラマも、流行っていない医療ドラマと比べて、これらが明確です。わかりやすく、また明確な悪いやつがいて、陰謀する。そして正義の存在が何だかんだとありつつも悪に勝つ。そのような医療ドラマのほうが、現実に近い葛藤を描いた作品よりうけているようです。

 この背景として、情報がありすぎて、何が正解なのかわかりづらくなっているという環境もあるのではないでしょうか。そして調べれば調べるほど、絶対的な解答がないことに気付く時、人はストレスを覚え得るのです。だからこそ、わかりやすいものにきつけられ、さらに「善悪論」「陰謀論」は感情を揺さぶるので、広まりやすいという側面もあるのではないでしょうか。

 「単純化」「善悪論」「陰謀論」には十分ご注意ください。

 次回に続きます。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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