文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

元記者ドクター 心のカルテ

yomiDr.記事アーカイブ

精神療法の実際(1)…医師も自分自身と向き合う

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 「精神療法」と聞くと、秘儀を思わせ怪しく響く。実のところは、対話に立ち上がる「間」に、それまでのわだかまりがほどけて、「ああ、これでよかったのだ」と、都度に意を新たにする、 傍目はためには地味な連綿とした営みである。

 一方で、演出がましい「張りぼて」を買い被り、さんざん期待を膨らませたものの、疑義が芽生えてはじめて、寄りかかり過ぎていたと気づき、時に、信頼を裏切られたとくすぶる。そんな陥穽かんせいにはまりやすいのも事実だ。

 何回かにわたって、診療の表層流には浮かび上がらない、胸中に去来する感情や本音を、暴露趣味に陥らない程度に独白し、「陥穽」をあらわにしてみたい。恥ずかしながら、手前の昨非へのあがないを乞うばかりとなろう。

 

厄介な訴え 渦巻く「陰性感情」

 身を引きずり椅子に投げ出し、鬱陶うっとうしく溜息ためいきをついた。目を細め、眉間に深くしわを寄せ、沈鬱ちんうつというよりは、憤怒の形相だ。

 長身で肉づきのいい角刈りの男性が、「ご覧の通り」とばかりに、全身でけだるさを放っている。薄汚れて毛玉の目立つ白のジャージー姿は、無頼漢然として、むしろ迫力すらある。

 「朝からうつです。毎日、何もする気になりません。精神科にはずっと通ってきたけれど、薬を飲んでもいっこうによくならない」と、前医を断ち捨て、こちらを受診した。

 「横になってばかりですよ。外に出たって、コンビニで弁当とたばこを買って帰るぐらいしかできません」
 「いらいらして困るんです。この間は、人ごみでぶつかってきたから、怒鳴どなって、つかみかかろうとしてしまいました」

 かすれた口調は威圧を含み、訴えからしても、情動に振り回され、短慮に過ぎる有り様だ。形ばかりではあれ、丁寧語を添えただけもまだしもだろう。前医に手向けた不審を、そのまま覆いかぶせ、こちらの出方を値踏みするしたたかな眼光を垣間見せる。

 厄介だ――。

 そんな胸中を明かすわけにもいかず、先方から迫り来る印象と、沸き立つ手前の感情を、改めてなぞってみる。

 粗暴さとしたたかさにたじろぎ、独りよがりの訴えに嫌悪し、手に余り、なすすべを見いだせない無力感に襲われ、腹底を締めつけられる。それどころか、「“症状”を逆手に医療を手玉に取り、怠惰への責任逃れに利用されかねない」と勘繰り、拒否感すら覚える。

 精神科医にあらざる始末だ。毎度ながらにてこずる「陰性感情」が渦巻く。

 

忌避してきた自己像に直面

 手前ごとで恐縮だが、荒々しい人間関係は苦手だし、親しげに偽悪ぶることすら、できれば避けたい。物心ついて以来、こと粗暴さは、忌避し続けてきたから、よもや自身に潜んでいるはずはないと、見ぬ振りを決め込んできた。また、この「物心」こそ曲者なのだが、私小説張りに醜悪をさらしたところで飽きられるのがおちだから、ここでの表白は悪趣味に過ぎると判じよう。

 診察に臨めば、「逃げ場」はない。追い込まれると、それまでは見ずに済んできた、自身に染み込んだ粗暴さが、とぐろを巻いて鎌首をもたげ、相手の姿に映し出されて、脅かしにかかってくる。嫌悪は手前自身に向けられていたのだと、ようやく実感する。毎度ながら踏むてつに、言い訳さえむなしく、嘆息しきりだ。

 苦しみを吐露する方々の面前なのだから、予断を抱かず、ぶれず、ひるまず、衷心から“透き通って”いたいと、切に願うが、往々にしてかなわない。

 鎌首をもたげて襲いかかってくる嫌悪感から目をそらさず、ともすれば予断を許してしまいかねない愚かさを自覚し、一見独りよがりの先方の苦渋は、実は、捨てやってきて、ないものと高をくくってきた手前の難癖そのものであったと嘆息しつつ、ふだんの流儀で問診するよりほかはない。

 

流儀に守られ 治療関係を維持

 精神的不調をきたした方々の訴えや疑義、姿態に、手前の闇が照らされ、映し出される。闇に気づこうと煩悶はんもんする営為を怠ったとたん、色眼鏡をかけている手前を忘れ、難癖をつけて先方を見誤る。

 癖の強い眼鏡を通してしか見ることができないという、手前の限界に煩わされてようやく、見聞きし覚えて実践してきた、知識と技能を動員でき、なす術もなかった無力さ加減に風穴を開け、「治療関係」を取り結ぶ一歩を踏み出せる。

 知識、技能、態度を、くずれる側からたゆまず培う。流儀に立ち返り、先方と手前の「間」を守り、治療関係を維持する。すると、先方の訴えや疑義は、羅針盤そのものだったと気づかされる。

次回に続く

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

元記者ドクター 心のカルテの一覧を見る

最新記事