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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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英文医学誌で知るエボラ患者の経過

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 今日もエボラ出血熱のお話です。先日、一流の臨床医学雑誌である「The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE」にエボラ出血熱の患者さんの経過が報告されました。皆様も公式サイトから無料で原文のPDFファイルが手に入ります。

 とても示唆に富む報告なので、一般向けのこのコラムでも取り上げますね。どんな経過を辿たどるのか、一般紙には詳しく紹介されていないので参考になりますね。そして、一流の英文医学雑誌がどんなものかを垣間見るにも良い機会と思います。

 エボラ出血熱と記載していましたが、出血する症例は全例ではないので、最近はエボラウイルス病となっています。今回の報告でもエボラウイルス病と記載されているので、日本語表記もこれに合わせます。


初期症状はまるでインフルエンザ

 患者さんは36歳の男性で、世界保健機関(WHO)の職員です。エボラウイルス病が流行していたシエラ・レオネに滞在し、現地でエボラウイルス病に感染し、治療のためにドイツの医療機関に搬送されました。そして、治療により回復したのです。

 まず、頭痛、筋肉痛、関節痛が発症し、その後発熱しました。まるで、インフルエンザと同じ初発症状です。そして、その時点ではマラリアの疑いで治療が開始されました。6日目にエボラウイルスの遺伝子検査(RT-PCR)で陽性が確認され、エボラウイルス病と診断されました。7日目に吐き気、嘔吐おうと、腹痛、下痢が出現します。そして10日目にドイツのハンブルクの病院に飛行機で移されました。発症前に、同僚がエボラウイルス病に感染して死亡しています。同じ部屋を使用していたそうです。


下痢と嘔吐で水分喪失

 ドイツ移送時には、意識はしっかりしていました。しかし、激しい下痢があり、1日で8リットルにも及ぶ下痢や1.5リットルの嘔吐をしています。PDFの論文は英語ですが、2ページの図1(Table 1)に下痢は Diarrhea、嘔吐は Vomiting と記載されているので、すぐにわかりますよ。そして点滴は10リットル以上が数日行われています。点滴の英語は Intravenous fluids で同じ図に記載されています。発熱(Temperature)も38度後半から40度です。汗もたくさんかいているでしょう。これほどたくさんの水分喪失があると適切な点滴量がわかりません。そこで超音波で腹部の静脈の太さを見ながら点滴をしたと記載してあります。腸閉塞の症状もあり、腸粘膜から細菌が血液に入り込み敗血症という症状も併発しています。抗生剤の投与なども当然に行われました。経過中に出血傾向も認められました。


40日後、汗にはまだウイルスが

 そして発症後17日目には血液からはエボラウイルスが消失しました。27日目には、体温は38度を下回り、点滴量も1リットルになりました。ほぼ、危篤状態は終了といった感じです。そして発症後40日で退院しました。今回の経過中に我が国やアメリカで開発中の新しい薬剤は使用されていません。そして、興味深いことは、エボラウイルスは尿には発症後30日まで検出され、汗では40日を経過しても検出されています。PDFの論文6ページの表2(Figure 2)の赤実線が血液内のウイルス量、オレンジ実線が尿のウイルス量、そして黒実線が汗のウイルス量です。是非、論文を見て下さい。縦軸は指数関数になっていますので、10倍刻みです。血液中の最高値の約1万分の1のウイルスが40日後の汗には認められていたということです。

 どの程度のウイルス量で感染が成立するかもまだまだ不明な現状で、発症後40日を経過しても汗に微量のウイルスが認められたということは、ちょっと心配ですね。たくさんの情報が公開されて、最適な治療方法が確立されることを願っています。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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