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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

yomiDr.記事アーカイブ

近藤誠さんが流行る深層

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 昨年も取り上げた近藤誠さんの勢いが続いています。

 テレビ番組(TBSの「中居正広の金曜日のスマたちへ」)に出演され、また文藝春秋2014年11月号には「健康診断が私たちを不幸にする 『健康長寿』医者も薬も信じるな」という文章を寄稿され、またインターネットでも「近藤誠(元慶応病院医師)が『子宮頸ガン検査不要』と憤る理由」が配信され、そして小学館から発行される漫画誌において強烈な題名の漫画の監修をされるそうです。

 インターネットのポータルサイトで近藤さんの名前を打ちこんで検索すると、私がヨミドクターで昨年書いた記事が1~2ページ目に出て来るなど、近藤さんのお考えを一般の方が信じることによる不利益を伝える場があることをありがたく思っております。

 と同時に、定期的に間違っているものを間違っていると指摘しないと、誤った情報がどんどん拡散してしまうことになりますから、メディアに寄稿の場を持っている者としての責任も感じております。それが今回の記事を書かせて頂いた理由です。これから数回にわたって、「近藤誠さんが流行る深層」を皆さんと考えていきたいと思います。

 幸いにして、実名で、あるいは匿名で、近藤さんの考えの誤りを指摘する医師が続々と出ています。近藤さんは非常に熱心なご信奉者がいることで知られ、実名で近藤さんの誤りを訂正する本や情報を出されている先生方はネット上で一部のそしりを受けられてもいます。そんな中に発信することは勇気を要するものでもあります。

 近藤さんの批判はがん治療だけではなく、検診など様々な方面に向けられています。世の中にはそれぞれの分野の専門家がたくさんいますから、ぜひとももっと実名で反論していただきたく思います。あるいはそのような動きもあるようですが、関係する各団体は近藤さんの勢いを超えるようにアクションしてもらえればうれしく思います。

 また、医師ではない方々が「信じたらどうだったのか」と体験をお話しくださることも重要です。例えばこちらの方のお父さんの体験は、終末期の方に近藤さんの本がいかに影響したかが、そしてお父さんが緩和ケアを嫌がり、鎮痛薬を止め、それでも緩和ケア医は支え続けたことなどがつぶさに書かれていると思います。


 さて近藤さんの言説は勢いを増し、より独自色を強めているようです。

 一例を挙げます。近藤さんは子宮けいがんの検診が不要と主張しているのですが、その根拠はどこにあるでしょうか。

 検診にもまだ科学的根拠が強固ではないものもあれば、科学的根拠が相応にあるものまで、濃淡があります。

 子宮頸がんの検診は、大腸がんの検診と並んで、がん検診の中でも科学的根拠が相対的に強い部類のものです。

 日本において1988~2003年に45市町村を対象にした調査(63541人を解析)で、検診受診者の子宮頸がん死亡率が非受診者に対して70%減少 <健康な人のほうがより検診を受ける現象があるため、その影響を除外する解析を行うと58.9%の死亡率減少>(Aklimunnessa K,2006) や、検診の導入による子宮頸がん死亡率の減少はアイスランド80%、フィンランド50%、スウェーデン34% <これらの国は全国的に検診が実施されている>(Laara E,1987) 、オーストリア44%(Vutuc C,1999)とされている <参考;有効性評価に基づく子宮頸がん検診ガイドライン,2009> など、同検診に効果があることについては大きな異論がないのではないかと思います。

 子宮頸がん検診で見つかるがんは、約7割が早期がんとのデータがあります(例えば、東京都予防医学協会HPなど)。

 検診で見つかる早期がんは近藤さんの分類では治療しなくても問題ない「がんもどき」に入るでしょう。

 近藤さんの理論が正しければ、がんもどきは命に関わらないのですから、検診で早期発見して治療しても、検診受診者の子宮頸がん死亡率が非受診者に対して下がらないはずです。

 ところが実際は、検診で見つかったがん(多くが早期がん)が治療されることで、子宮頸がん死亡率が各国で下がっています。

 つまり、命に関わるはずだったがんを早期発見・早期治療にて取り除いているから、子宮頸がん死亡率が下がっていると考えられます。早期がんでも命に関わるのを示しているのが、検診による子宮頸がん死亡率の減少と言えるでしょう。

 これはがんもどき理論の誤りを示す一証拠となっています。

 近藤さんとしては、ある臓器のがん検診を受けた群が受けていない群よりも当該臓器のがん死亡率が減ると、がんもどき理論が上記のように破綻してしまいますから、ここは譲れないところなのかもしれないと考えます。

 しかし、よりによって死亡率の低下への因果関係が比較的明確な部類に入る子宮頸がん検診にまで批判を向けているのは、過激さを増しているかのようにも感じられます。


 なお私は検診業界とは何らつながりがありません。もちろん何も利益などは得ていません。

 「緩和医療医なのになぜこんなに検診のことを言うのだ」と以前ネットで書かれましたが、当然のことです。「完全に治るものならば治ったほうが良いから」です。

 いくら緩和医療を用いても、がんになれば大変であることは、きちんとがんを診療している医師や医療者、何より患者さんやご家族は誰でもわかっていることです。

 近藤さんの言う

 「放置すれば痛まないがんは、胃がん、食道がん、肝臓がん、子宮がんなど少なくありません。もし痛んでも、モルヒネで完璧にコントロールできます」<「医者に殺されない47の心得」p83>

 がもし本当ならば、痛みの治療の専門家など必要にならなかったのではありませんか? 治療らしい治療ができなかった時代 (脚注) からもがんの患者さんには様々な苦痛があったので緩和医療が発展してきたのです。そして現在も、がんが見つかった時からすでに治療ができない患者さんにも様々な痛みや苦しみがあり、それらが単にモルヒネを与えるだけで「完璧にコントロール」などできないことも多いため、他の多様な手段を駆使して痛みや苦しみを和らげる専門家である緩和医療医がいるのです。

 このように、重い病気で苦悩されている方をみているからこそ、必要な検診は受けたほうが良いと考えて述べております。

 一方で検診が万能なわけではなく、それぞれ利益と不利益があります。また先述したように根拠が比較的明確なものからそうではないものまで、様々な検診があります。「科学的根拠に基づくがん検診推進のページ」や、鵜呑うのみにしないデータの読み方を教えてくれる『「健康第一」は間違っている』(名郷直樹, 筑摩選書, 2014)などをじっくり参照しながら、よく考えて判断するのをおすすめします。

 次回に続きます。


モルヒネの定時投与法は1935年、英国の聖ルカという施設で開始されたとされています。参考は内藤いづみ先生のHP

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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