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深化する医療

虐待受けた子に自尊心

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 発達障害を持つ子どもの子育ては困難を伴うことが多く、虐待に発展してしまうケースがある。親が子どもの障害に気づかず、「しつけ」のつもりで無理に矯正しようとするためだ。虐待が原因で別の障害が生じることもある。大阪府枚方市の府立精神医療センターでは、こうした発達障害の子どもたちの療育プログラムを実践している。

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遊戯療法で使うおもちゃを手に、心理士(手前)らと打ち合わせをする柴田さん。「自由に遊ばせると、虐待の状況を自ら再現して話すようになる」(大阪府枚方市の府立精神医療センターで)=長沖真未撮影

 同センターの児童思春期棟「みどりの森」(50床)は、成人病棟とは独立して設置され、発達障害などを抱える12歳までの児童が入院生活を送る「たんぽぽ」と、それ以上の年齢が対象の「ひまわり」の2ゾーンに分かれている。

 数年前、小学低学年の女児が両親とともに外来を訪れた。児童・思春期科主任部長の柴田真理子(52)はすぐに異変に気づいた。

 待合スペースで座って待つ両親の横で、女児は無表情で立ちすくんでいた。母親は「何度注意しても言うことをきかない」との悩みを口にしたが、柴田は女児の体中に、たたかれたあざがあることを確かめた。院内で緊急会議を開き、児童相談所に通告。女児はその日のうちに入院した。

 女児は知能指数は高いものの、円滑な対人関係が築けず、コミュニケーションを苦手とする「高機能広汎性発達障害」と診断された。

 虐待を受けた子どもに特徴的な症状もみられた。他人との距離感がつかめずにべたべたする傾向があったほか、「自分があかんかった」と自尊心が低く、夕方以降になっても気が休まらずに寝付きが悪かった。

 柴田は、看護師や保育士、指導員、臨床心理士らとチームを組み、遊びを介して治療を行う遊戯療法を始めた。色鉛筆や粘土、人形などのおもちゃを使って心理士と一緒に過ごす時間を設けると、女児は徐々に、遊びを通じて自分の気持ちや親への思いを職員らに伝え、励ましてくれる職員を「自分のことを思ってくれる人がいる」と信頼するようになった。

 生活に落ち着きがみられるようになり、1年半で退院。柴田は「神経を落ち着かせる向精神薬も処方したが、たたかれる理由もわからずに『どうせ叱られる』と恐怖心しか感じてこなかっただけに、人とかかわる温かさを知り、自尊心を回復できる遊戯療法が一番効果的だった」と振り返る。

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 同センターでは、遊戯療法だけでなく、入院する子ども同士で相手の気持ちを考えたり、相手との距離感を学んだりする「ソーシャルスキルトレーニング(生活技能訓練)」も実践。学校の授業に遅れないように、入院中は、病棟に隣接する府立刀根山支援学校の分教室に通学する。

 「たんぽぽ」に昨年度入院した38人のうち、8割近くは何らかの虐待を経験していた。虐待を受けた子どもの多くは、大人になると加害者になるとの「負の連鎖」も指摘されており、柴田は「大人になっても引き続き関わっていく必要がある」と訴える。

 同センター院長の籠本孝雄(61)は「障害のある子どもの診察だけでなく、保護者が子どもの特性を知って、接し方をしっかり身につけられるように、医療機関がサポートすることが大切だ」と話している。(敬称略、冬木晶)

遊戯療法
 精神分析の創始者・フロイトの娘で児童精神分析学者のアンナ・フロイト(1895~1982)らが始めたとされる心理療法。遊びをコミュニケーションの「道具」として使い、思い出すことが困難だった苦しい状況を振り返ったり、自分の気持ちを表現したりさせて、治療につなげる。12歳以下の子どもに効果的という。

 
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