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命見つめる 下郡山さん一家(2)いとおしさと、疎ましさ

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二つの感情

 脳性まひの恭子さん(50)が幼い頃、激しい発作を起こしたことがある。

 父の徹一てついちさん(77)は頭が真っ白になった。平日の昼下がり。頼りになる妻の和子さん(75)は外出していた。かかりつけの医者に対応を聞こうとして受話器を手に取ったが、また戻した。

 「このまま放っておいたら、恭子は死ぬのだろうか」

 四六時中そばに付き添い、睡眠時間を削って介助する毎日。全てが楽になる――。冷めた目で見つめるもう一人の自分がいた。

 ふと、出産直後の妻の一言がよみがえった。「こんな美人な子、世界中どこを探してもいないわ」。2人は学生時代に出会い、1962年に結婚、翌年誕生した恭子さんが初めての子だった。

 我に返った。妻が非常時の対応をメモに書き残していたことを思い出し、薬を飲ませると、徹一さんは恭子さんを抱きしめた。「ごめんな、ごめんな」

 下郡山さん一家に限らず、重度の障害者と同居する家族は重い負担を背負う。「仙台市重症心身障害児(者)を守る会」の機関誌の寄稿からは、父母たちの悲痛な声が聞こえてくる。

 「外出のたびに全速力で走り出す息子から目が離せず、神経がすり減る」と、精神障害の息子を育てる母が嘆く。別の母は「どうせ子どもは良くならない。共に死ねば本望」と打ち明ける。

 2004年、夫婦は恭子さんをグループホーム「ひこうき雲」に入居させる決断をした。当時、2人とも60歳代半ば。介助の負担は増していた。それ以上に、家族以外からの世話を受けながら一人で暮らすことに少しでも慣れてほしいという思いが、老いを感じるごとに強まっていた。

 入居後、徹一さんはこっそり様子を見に行った。施設職員と楽しそうに笑っている恭子さんがいた。

 いとおしさと、疎ましさ。長年、潮の満ち引きのように二つの感情が行き来してきた徹一さんは、初めて「ああ、これで良かったんだ」と思った。

 同時に、一抹のさみしさがこみ上げてきた。


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