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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

医療とお金(6)流産・死産・中絶も出産給付の対象になる

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 医療サービス以外に、公的医療保険で受けられる現金給付のいろいろ。前回に紹介した傷病手当金に続いて、妊娠・出産と、死亡に関連する給付について知っておきましょう。


<出産手当金>

 勤め人向けの健康保険(社会保険)に加入している人が、出産のために勤めを休んで給料が出なくなるか、大幅に減ったときに、保険者(保険の運営者)に支給申請すれば、もらえます。病気やけがで休んだときの傷病手当金と、ほぼ同様の制度です。

 支給される額は、欠勤1日あたり、その人の標準報酬日額(月給を等級区分表にあてはめて決まる標準報酬月額の30分の1)の3分の2です。給料が少し出た場合でも、これより少なければ、差額が支給されます。

 支給期間は、出産予定日を含めた産前42日間(多胎妊娠は98日間)と、出産の翌日から56日間。予定日よりも出産が遅れた場合は、産前の支給が延長されます(出産日は産前に入る)。

 労働基準法によると、出産予定日を含めた産前6週間(多胎妊娠だと14週間)は、妊婦が休みを求めれば、使用者は無理に働かせることができません。産後の最初の6週間は、本人の意向にかかわらず、就業禁止です。その後の2週間は、本人が就業を求めた場合に、医師が認めた業務に限って働かせることができます。母体保護のための規制です。

 出産手当金の支給期間は、それとぴったり合います(日と週という表記の違いだけ)。つまり、労働基準法で休業保障される期間は安心して休めるよう、健康保険から所得保障するわけです。

 ポイントの一つは、赤ちゃんが誕生した場合だけでなく、妊娠4か月に入った後(85日目以降)の流産、死産、中絶も、支給対象になることです。また、子どもの父親が不明でも支給は行われます。制度の目的が母体保護にあるからです。

 二つめのポイントは、妊娠がわかって早めに勤めをやめると、経済的には損だということです。

 出産手当金は、社会保険のほか、日雇健保、公務員共済、私学共済、船員保険にもおおむね同様の制度があります。しかし扶養家族は対象になりません。国民健康保険では実施は任意とされており、市町村国保では、ごく一部しか行われていないようです。

 社会保険の加入期間が1年以上で、退職する前に出産手当金を受ける要件を1日でも満たしていれば、退職後も引き続き、あるいはさかのぼって申請して、支給を受けられます。

 別の観点から言うと、社会保険に加入できない女性労働者の場合、労働基準法で休みは保障されますが、その間の所得保障は全くないのです。


<出産育児一時金>

 出産費用について保険者に申請すると、定額給付の出産育児一時金をもらえます。

 勤め人向けの健康保険(社会保険)の場合、基本は39万円。在胎22週以降だと産科医療補償制度の加入対象になるので、その掛け金3万円を加えて42万円です。双子など多胎妊娠のときは、子ども1人につき、その金額になります。

 出産手当金と同様に、妊娠4か月に入った後(85日目以降)の流産、死産、人工妊娠中絶でも支給対象です。また、父親が不明でもかまいません。

 出産手当金と違うのは、扶養家族や国民健康保険の加入者も、給付対象になることです。だから一般的には保険の種類を気にする必要はありません。もしも無保険になった場合は、社会保険加入が1年以上で、退職後6か月以内の出産なら、もとの保険者から受け取れます。

 前もって出産費用が必要なら、一時金の額の最大8割まで、無利子で前借りできます。

 手続きは、妊産婦が保険者に申請してお金を受け取り、その中から出産にかかった費用を医療機関に支払うのがもともとの制度です(余っても返さずに育児に使えばよい)。

 しかし近年は、医療機関が事前に代理契約を交わして妊産婦の代わりに保険者に支給申請し、お金も医療機関が保険者から受け取る「直接支払制度」が大半になっています。これは一般的な病気の保険診療に近い流れで、妊産婦がいったん多額のお金を用意する必要がありません。小規模の医療機関では、妊産婦が保険者に支給申請したうえで、医療機関がお金を受け取る「受取代理制度」という方式もあります。

 それらの方式の場合、実際にかかった出産費用が出産育児一時金の額より少なかったときは、妊産婦が契約書・領収書・明細書のコピーを添えて、差額を保険者に請求することができます。逆に出産費用のほうがかさんだときは、妊産婦から医療機関へ追加払いが必要です。現実には、追加払いを求められることが多いようです。

 一方、根本的にわかりにくい点もあります。

 正常な妊娠・出産、経済的理由による中絶は、保険のきかない自費診療です。だから、出産育児一時金が出るわけです。ところが、異常を伴う妊娠・出産(帝王切開を含む)、母体の健康を理由にした中絶は保険診療で、分娩介助料などは別途、自費で請求するのが一般的です。この場合も同じ額の出産育児一時金が出ます。

 このため、医療機関の裁量にまかされている自費分の料金が不透明ではないか、二重払い的な部分があるのではないかという疑問も生じます。そうしたこともあり、正常な妊娠・出産も、通常の病気やけがと同じように保険の対象にすべきだという意見も出ています。


<死亡に伴う給付>

 公的医療保険の加入者、あるいは扶養家族が亡くなった時に支給されます。

 社会保険では、家族が受け取る場合は「埋葬料」で5万円。家族がいなくて、実際に埋葬した友人や会社が受け取る場合は「埋葬費」と呼び、5万円以下の実費です。

 国民健康保険や後期高齢者医療制度では「葬祭費」という名称で、運営する自治体によって金額に差があり、5万円より少ないこともあります。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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