文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

元記者ドクター 心のカルテ

yomiDr.記事アーカイブ

異動で“うつ”?…休職望み診断書を要求(後編)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

生活指導に抵抗

 「無理をさせないように」
 「励まさず、つらさを受けとめ、見守ってあげてください」

 昨今、抑うつ状態の方々への関わり方が、改めて画一的になっているようだ。

 確かに、旧来の画一さ加減は、的外れに過ぎた。よかれと思って「気のせいだ。頑張れるはずだ」と励ましたり、「性格の問題だ」と十把一絡げに断じたりするような関わり方は、逆効果で、時に危険を伴い、薦められない。それに比べれば、同じ画一でもずいぶん進歩したものだろう。

 かといって、辛さを受容するあまり、生活の乱れまで許容しては、回復の糸口を潰してしまいかねない。 少なくとも、孤独を避ける、生活リズムを立て直す、という点は、手を変え品を変え、促し続ける必要がある。

 男性に視点を移せば、会社も家庭も、本人の辛さを受容してくれていた。一方で、閉居、孤立、妻への依存、過剰な喫煙、臥床がしょう傾向、入浴をはじめ体を動かすことへの抵抗と、生活リズムが崩れ、意欲がますますそがれていくのも自明だった。

 「何をするにも意欲が出ない。生きていても仕方がない」と、頭ばかりが空回りするが、意欲が出るのを待っていては、いつまでも何もできない。体を動かしてはじめて、意欲が後からついてくる。

 食べて、寝て、起きて、排泄はいせつし、布団を整え、ごみを捨てる。散歩ができればしめたものだ。いよいよ日課が回り出す。ここまでくれば、買い物もできよう。喫茶店にさえ行き着けば、雑誌をめくるきっかけをつかむかもしれない。

 家族と話す、知人と連絡を取る。電車を利用し、会食もできよう。外出する習慣を取り戻したら、地元の図書館に通えるかもしれない。

 頭は空回りさせたままに、まず、動いてしまうことだ。

 男性には、生活リズムを取り戻すために診療所併設のデイケアを、人と話すきっかけをつかむために心理カウンセリングを、折に触れて紹介したが、そばから断り続けられた。活動し、人と話すわずかなきっかけでもつかめなかったかを、診察の度に、なぞるように確認し続けたが、結果は出ず仕舞いだった。それでも、定期的に外来に通院できていることを、毎回ねぎらった。

 

復職を宣言 結果は…

 休職し1年4か月が過ぎた頃に、「2か月後から、復職を目指します」と唐突に宣言した。実は、傷病手当金の法定給付が期限切れになるからなのだが、自らは「復職への意欲が出てきたから」という。

 電車に乗って、将棋の集会に参加するようになった。口調と仕草(しぐさ)に覇気が兆した。会社を訪れ産業医と面接し、一日のスケジュール管理を始めた。起床、食事、外出、活動、入浴、就寝のそれぞれの時間を記帳した。生活にリズムが生まれた。朝の出勤練習も始めた。順調だった。会社側も、主治医と産業医の意見を聞き入れ、軽勤務から段階的に職場復帰する計画を立ててくれた。

 いよいよ、1週間後に復職を控えたところで、突然、朝の出勤練習を辞めてしまった。

 「不安で、吐いてしまいました。“うつ”です。手のしびれもあります。食欲がないから、医療用の栄養剤を処方してください」

 表情、言動も精彩を欠き、振り出しに戻ってしまった。どうやら、大手企業だったから、さらに1年6か月の傷病手当金付加給付を受けられることを知ったらしい。休職のための診断書と、傷病手当金申請の医師意見書の発行を、さっそく求めてきた。

 

閉居し症状再燃

 元の生活に戻り、閉じこもってしまった。「興味がない」と、将棋の集会にも参加しなくなった。「意欲が出ないから、何もできない」という悪循環に、再び飲み込まれていった。通院だけは続けた。

 一時ではあったが、「まず行動。意欲は後からついてくる」という好循環を生み出した事実は、貴重だ。動く意欲を呼び覚ます「基準」になりうる。傷病手当金がさらに1年6か月給付されるとなると、もちろん、本人は好んで辛苦しているのではないのだが、動く意欲はしばらく塩漬けになってしまうだろう。しかし、折に触れて「基準」を確認し、症状改善を諦めてはならない。こちらもしぶとく待つことにした。

 主診断「気分変調症」(気分障害の一種)、副診断「回避性パーソナリティー障害」と、改めて診立て直した。

 古典的な診断ならば、早い段階で、「抑うつ神経症」と診立てたであろう。「うつ病」とは一線を画すため、「辛さを受けとめて、励まさない。無理は禁物」という、「うつ病」を対象とした画一的スローガンに、本人も周囲も、からめとられないで済んだかもしれない。

 

「うつ」をめぐる混乱

 精神医学の歴史を振り返ると、精神疾患の分類と診立てを巡り、百家争鳴に至った。そのためもあり、1980年から1990年にかけて、アメリカ精神医学会DSM-Ⅲ、世界保健機関発行ICD-10が登場して以来、「神経症」と「精神病」という伝統的分類が駆逐されてしまった。

 「抑うつ神経症」という疾患名も、表向き使えなくなった。大方は、「気分障害(うつ病)」と「適応障害」に包含された。殊に「気分障害」は抗うつ薬療法の対象とされ、製薬会社のキャンペーンにあおられ、新しく出回り始めた抗うつ薬を用いる機会が激増し、新たな混乱と誤解が広がった。

 そこで、混乱に道筋をつけようと、「うつ病」が時代を反映して軽症化し、それまでのうつ病の典型的な概念では説明しきれない事例が増えている、といった言説が提唱され、再び、次々と諸見解が咲き広がった。

 非定形うつ病、軽症うつ病、逃避型抑うつ、現代型うつ病、未熟型うつ病、職場結合性うつ病、ディスチミア親和型――。

 “大家”の高説も含まれているだけに、臨床現場は現在、豊かにも錯綜さくそうしてしまっている。もちろん、時代の変化もあろうが、元はと言えば、抑うつ神経症の概念の解体も一因だろう。

 

「スティグマ」の芽を摘む努力

 「仕事熱心で生真面目な人が、他者に配慮し責任を背負い込む。うつ病を発症し自責にさいなまれ、自己を犠牲に役割を全うしようと全力で空回りし、さらに疲弊する」

 そんな、うつ病の古典的概念も、独り歩きしやすい。すると、“うつ”を訴える方々を前にし、古典的概念にひきずられ、善意と気回しを尽くして、「励まさないで、辛さを受けとめよう」と終始するようになる。そこに「抑うつ神経症」の顔が見え隠れし始めると――。

 「こちらは配慮してあげているのに、当人は人のせいにばかりしている」
 「出社できないのに、旅行には出かけられるとは、都合がいいものだ」
 「薬もあまり効かないようだ。本当に“うつ”なのだろうか」

 症状を見据えて策を講じるべき段に、倫理観を持ち出して断ずる衝動に駆られる。善意を逆手に取られ、信頼を裏切られたように感じつつも、結局は、気回ししたこちらが自作自演の自虐劇を演じていたことに気づき、くすぶり、さいなまれる。勢い、“うつ”をめぐる混乱を嘆くに至る。

 わかりやすい言説にあおられる前に、基本に立ち戻りたい。

 精神的不調に窮している一人ひとりを前に、辛さの訴え、性格傾向、身体疾患、生活の態様、社会的背景などを総覧し、優先順位をつける。医療ばかりが解決策ではない。福祉支援、生活援助、司法介入を、その場でできる最大の配慮をもって、司々で役割分担する。善意に燃えて、勢いあまって分際を超え、役割を手一杯引き受けようとすると、「そんなはずではなかった」という陥穽かんせいが待ち受ける。

 倫理的に価値判断しそうになる愚かさを自覚し、新たな「スティグマ」(烙印=らくいん=)の萌芽を、しぶとく摘み潰していくばかりである。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

元記者ドクター 心のカルテの一覧を見る

最新記事