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元記者ドクター 心のカルテ

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異動で“うつ”?…休職望み診断書を要求(前編)

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 「異動してから、“うつ”っぽくて、会社を休んでいます。休職したいので診断書を書いて下さい」

 大手機器製造会社勤務の40歳代の男性が初診に訪れ、診察の始めしなに、そう訴えた。伏し目ながらも、有無を言わさぬ低い口調だった。

 休職すべきか否かは通常、会社側が主治医の診立てに鑑み、産業医など会社所属の保健担当責任者の意見を参考に決める。本人自らが「“うつ”なので休職する」と判断できる筋合いではない。さもなければ、仮病もまかり通ってしまう。

 また、初診では、診断を確定できない。殊に精神科では、一つ一つの「症状」を拾い上げ、関連するいくつかの症状をにらみ合わせ、抑うつ状態、不安状態、幻覚妄想状態などといった「状態像」を浮き彫りにし、さしあたりの治療方針を提示できれば、上々である。診察を重ねながら、症状の経過、治療への手応え、検査結果などを総じて照らし合わせて、ようやく診断にこぎつけられる。

 のっけから休職を目論もくろんだ診断書を発行するよう求められても、応じられるはずもない。唐突な要望に違和を覚えつつ、「まずは事情をうかがいましょう」と、場をふだんの流儀にあつらえ戻した。

 

新しい職場で気分が変調

 初診で聴取したところ、次のようだった。

 1か月前の異動を機に、仕事が手につかなくなった。元々「どもり」を気にして電話が苦手で、それまでは部下が事情を察知し、配慮してくれていた。新しい職場ではそうともいかず、電話を取れないでいると、いたたまれなくなった。不安で眠れず、毎晩焼酎を5合飲むようになった。起きがけに憂うつが極まり、ため息ばかりついた。

 食欲はないが、酒を飲めば食べられた。念のため内科を受診したところ、大腸ポリープが見つかり、内視鏡で摘出された。以降、酒を断った。「酒が飲めず、食が進まなくなった。5キロやせた」という。

 1週間以上欠勤が続き、会社から診断書を提出するよう促されてはじめて、こちらを受診した。

 20年来「家庭内別居」で、子育ては共働きの妻に任せきりだった。終業後は人づき合いを避け、早々に帰途につく日々だった。妻が早朝に用意し冷蔵庫に保存しておいた夕食を、帰宅後に独り取り分け、自室にこもってテレビを眺めながら晩酌していた。妻とも大学生の娘とも、全く会話がない。将棋が唯一の趣味で、時々、集いに参加した。

 公私にわたって孤立していた。それを望んでもいた。異動後の気分の変調について、誰にも相談できなかった。会社を休み始めても、家族と顔を合わせることはなかった。

 「自分がいなくても、代わりがいるので、職場は回っています」
 「今の職場には、とても戻れそうにありません。周りにどう見られているかと考えると、みっともない」

 そんな言葉からは、部下を持つ立場としての責任や、迷惑をかける周囲への思いやりを、垣間見ることすらできなかった。既に休職を心に決めていると、断定口調だった。受診したのも、治療というよりは、休職の保証を求めてのようだった。

 

診断マニュアルの落とし穴

 不眠、食欲不振と体重減少、本人の口から語られる憂うつ気分と傍らから認められる覇気のなさ、緊張、意欲低下、興味の減退、疲れやすさ、集中力の低下、自信喪失――。そうした症状が、毎日のように続いているという。

 一方で、問診に対しては、その都度うなずきながら簡潔に答え、症状のつらさに理解を求めようという抜け目なさ加減が、苦悶の表情と訥弁(とつべん)とに、似つかわしくなかった。

 アメリカ精神医学会発行DSMや世界保健機関発行ICDといった、汎用されている診断マニュアルに沿うと、重度のうつ病エピソード(重度の大うつ病性障害)に該当し、不安性(回避性)パーソナリティー障害も併発していることになる。

 この段階で、症状だけをみて、マニュアルに即して「うつ病エピソード」と診断してしまうことも可能だが、どうにも皮相だし、マニュアルの使い方としても不適切だ(診断マニュアルの使い方を巡っては、前回連載『特異な言動の女性、統合失調症との診断に行き詰まり…(後編)』をご参照ください)。また、「異動がきっかけだった」という点は見逃せない。“きっかけ”が取り除かれれば、症状が軽快するかもしれない。加えて、人格面で何らかの“傾向”も見て取れる。

 診断はいったん保留にしたかったが、会社としても、さしあたり診断書が発行されなければ、人事案件として処理しかねるだろうという事情も、十分推察された。そもそも精神症状があることは確かであり、既に会社を休んでしまってもいる。姑息こそく的に、診断書を発行することにした。

 

「適応障害」と診断 休職を指示

 「抑うつ状態(適応障害疑い)」と暫定的に診断した。「うつ病」、あるいは「うつ病エピソード」ないし「大うつ病性障害」と診断する皮相を、えて避けたかった。

 職場復帰を促せば、症状が悪化しかねない。また、変調をきたすきっかけとなった要因を避けてみて、症状が軽快するかを見極める上でも、まずは1か月間、休職してもらうことにした。

 その旨を本人に伝えると、安堵して笑顔になり、感謝の言葉を一言つけ加え、そっけなく退室した。

 

抗うつ薬奏功せず 症状が遷延

 2週間に1回、時間に遅れることなく、定期的に外来に通院した。抗うつ薬を試みてもらった。

 元来、外出したり、趣味に興じたりする習慣がなく、休職してからも部屋に閉じこもりきりだった。気力がわかず、万年床に入ったまま、一日中テレビを眺めていた。1週間以上も入浴しなかった。家族とすら顔を合わさず、診察日以外は、誰一人とも口をきかない有り様だった。

 いらいらして、せき払いか叫びか、ため息ともつかない単発の大声を、たびたび上げた。声の上げ方を、「こんな風です」と、眉間にしわを寄せながら、診察の場面で披露して見せもした。酒こそ飲まないが、1日にたばこを50本も吸い、それが辛うじての気分転換だと、弱々しい声で強弁した。

 1か月の休職期間は瞬く間に過ぎた。抗うつ薬も奏功せず、ますます出社意欲がなくなり、休職期間を延長せざるをえなくなった。

 「会社の産業医からは、あせらず休んでほしいと言われています」

 会社側の配慮をはばかることなく享受し、休職を重ねた。傷病手当金の給付を受け続けた。その間、様々に試みた薬物療法も含め、治療、療養の効果は乏しかった。

 めったに人と顔を合わせる機会がない中、「おじが来ました」という。現状に風穴を開けるきっかけになりはしないかと、話を広げてみたところ、「『しっかりしないとだめだ』と一方的に言われた」と、不満だけが返ってきた。

 休職し、変調をきたすきっかけとなった要因を避けてみても、回復の兆しすらなく、「適応障害」とは考えにくかった。症状だけ取り上げれば、診断マニュアル上は、依然「重度のうつ病エピソード」に該当したが、やはり、判然としない。人格面での何らかの“傾向”を想定せざるを得なかった。

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