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動き出す再生医療(1)細胞シート、大量生産へ…岡野光夫氏

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 日本の再生医療が今年、大きく動き出す。今年11月、再生医療製品を素早く承認して患者に届ける体制を整えるほか、科学的根拠のない「再生医療」の排除に乗り出す。安倍政権の成長戦略の大きな柱である再生医療。日本は、これまで、基礎研究は強いが、産業化への力が弱いと言われてきたが、新しい制度の導入で、「再生医療立国・日本」への大きな一歩を記すことになる。日本の再生医療の現状と課題を探るため、研究者らのインタビューを行った。


岡野光夫(おかの・てるお)さん・日本再生医療学会理事長

 早稲田大理工学部卒。東京女子医大先端生命医科学研究所(TWIns)所長、同大学副学長などを務め、2014年4月から同大学特任教授。09年から日本再生医療学会理事長。専門は、細胞シートを使った再生医療、バイオマテリアルなど。


日本再生医療学会理事長の岡野光夫さん

 ――今年は、「再生医療」にとって節目の年となりますね。

 はい。再生医療とは、働きが悪くなった組織や臓器の状態を改善させようとする医療のことです。我々の体から採取した体細胞で再生治療を行う治療が開始され、今後の大きな発展が期待されています。また、ノーベル賞を受賞した京都大iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授が作製に成功したiPS細胞を使った世界初の臨床研究が近く、始まる予定です。再生医療を安全かつ迅速に推進するための二つの法律が今年11月にも施行されます。日本再生医療学会は、法律の作成にかかわるなど、患者さんが安心して再生医療を受けられるための環境作りに努力しています。


 ――先生は、「細胞シート」の開発を進めています。

 細胞を増やすことは上手にできるようになってきました。それを移植して治療したい。そのためには、増殖させた細胞を培養皿から酵素を使ってはがさなくてはいけません。はがす際、細胞表面にある重要なたんぱく質が壊れてしまうんです。家は電気が通り、上下水道が整備されていないと生活できませんよね。培養皿から取り出した培養細胞は、電気が通っていない家のようなものなのです。そのような細胞を患部に移植しても生着しないし、細胞が持つ機能も十分には発揮されません。

 また、細胞を単に患部に注射しても、ほとんどがとどまらず、流れてしまいます。

 我々は、細胞表面の重要なたんぱく質を壊さずに患部に生着させる方法を開発しました。「細胞シート」を使った再生医療です。

 細胞は1個だけあっても機能を発揮しません。多くの細胞により構成されるシート状にすれば機能を発揮することができます。患者自身の細胞を培養してシート状にしたものです。これを患部に貼り、病気の改善を目指します。


 ――具体的に、どのような病気に対して研究が行われているのでしょうか。

 最初に取り組んだのは、大阪大眼科教授の西田幸二先生と一緒に行った角膜の病気です。これまで、角膜移植でしか視力の回復が望めなかった目の病気の患者に対して、ほほの内側の粘膜細胞で作った細胞シートを目に移植し、視力を回復させることに成功しました。2004年、国際雑誌に研究結果が掲載されました。

 大阪大心臓血管外科教授の澤芳樹先生とは、重い心臓病である拡張型心筋症に対して研究を行いました。足の筋肉の基になる細胞から細胞シートを作り、それを心臓に貼る治療です。シートからは、血管を新たに作ったり、筋肉を増やしたりする物質が出ており、その結果、心臓機能の改善が期待されるというものです。

 現在、医療機器メーカーのテルモが、この治療法の薬事承認を得るために臨床試験を行っています。

 そのほか、食道がんを内視鏡を使って摘出した後の傷痕の修復、中耳周辺の骨が徐々に溶けて真珠のような球状のできものができる「真珠腫性中耳炎」治療後の修復などにも、細胞シートが使われています。


 ――細胞シートを使った再生医療を一般医療に育てる際の課題は?

 患者自身の細胞を取り出して、培養し、シートにして移植するという工程は、時間も労力も、そしてお金もかかり、結果、高額な医療になってしまいます。細胞培養などを手作業でやっていると、限られた患者にしか対応できません。

 そこで私たちは、効率よく細胞シートを大量に自動生産できる機器を開発しています。

 今の手順では時間がかかり、緊急の治療には使えません。私たちは、あらかじめ、第三者から提供を受けた細胞によって細胞シートを作って保管しておく試みを始めようと思います。それができれば、急に治療が必要になっても提供ができます。


 ――再生医療で果たしたい夢はありますか。

 一人の患者に細胞シートを作って移植する医療は、いわば、機能を極限まで上げた「F1カー」のようなものです。ほんの一握りの人しか乗ることができません。私は、再生医療を、多くの人が買って乗れる「カローラ」や「フィット」などのような存在にしたいのです。または、銀座英國屋の仕立服から、ユニクロの服にしたい、とも言えるでしょうか。

 少数の患者を治すのではなく、多くの患者を治せる新しい治療法を開発するためには、パラダイムシフトが必要です。現在の医療の延長で考えていても、それは実現できないと思います。

 そのためには、新しい物を作り出せる新しいタイプの研究者が現れてほしいですね。

 天寿を全うするまで、ちゃんと歩け、見え、物がめることができたら幸せですよね。再生医療は、それに貢献することができると思います。薬は、症状を抑えるだけの対症療法に過ぎず、一生飲み続けないといけません。再生医療は根本治療を実現する可能性を秘めています。「(現在は治療法がない)未来の患者」を治したい。人類に貢献したい。そんな思いで研究を続けています。


 ――先生が普段から心掛けていることはありますか。

 私が大切にしている言葉に「融合(Fusion)」があります。様々な特徴・特技を持った人たちが、コンセプト(概念)を共有して一つのテーマに取り組めば、結果は1+1が3にもなります。融合こそ、新しい世界への扉を開くためのキーワードです。今、求められているのは、旧態依然とした方法ではなく、異分野の融合ではないでしょうか。

 細胞シートは、細胞の機能を失わせないでシート状にする医学と工学の融合技術により実現され、新治療を次々に可能にしているのです。「工学技術」と、その技術を生かして治療に結びつける「医学技術」の融合で生まれました。

 国内で承認された再生医療製品は二つだけで、欧米や韓国に比べて圧倒的に少ないのが現状です。私の夢は、再生医療を誰でも受けられる一般医療にすることです。そのためには、有効性が確認された製品を多く作り出し、それにかかる医療費を下げる努力を続ける必要があります。

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