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「無敵の人」…失うものなく、罪いとわず

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広がる格差「優等生型」目立つ

雑誌「創」の篠田編集長に送られてきた渡辺被告の冒頭意見陳述書

 「自分のように人間関係も社会的な地位もなく、失うものが何もないから罪を犯すことに心理的抵抗のない人間を『無敵の人』とネットスラング(ネット上の俗語)では表現します。これからの日本社会はこの『無敵の人』が増えこそすれ減りはしません」――。ある被告の意見陳述書が波紋を広げている。「無敵の人」を、社会はどう受け止めるべきなのか。

 人気漫画「黒子のバスケ」を巡る脅迫事件で、威力業務妨害罪に問われた渡辺博史被告(36)は、今年3月の初公判の冒頭意見陳述書で、自らを「無敵の人」と表現し、「日本社会はこの『無敵の人』とどう向き合うべきかを真剣に考えるべきです」と主張した。

 陳述書を全文掲載した雑誌「創」編集長の篠田博之さん(62)が、逮捕直後に初めて接見した時に、渡辺被告は「これは格差犯罪です」と話したという。渡辺被告は、地元の進学校を卒業後、大学受験に失敗。アルバイトや派遣の仕事を転々とした。年収が200万円を超えたことはなかった。

 「そういう事件だったのか、と納得した。小泉構造改革の時に、20代のフリーターだった若者が30代後半になって、逆転も不可能だと悟り、将来に希望が持てない。典型かもしれない」。篠田さんはこう感じた。

 日本は戦後、凶悪犯罪が大幅に減った。特に減ったのは若い男性の犯罪だ。2012年に殺人で検挙されたのは899人で、50年前の2503人の3分の1ほどになった。29歳以下の男性の割合は、50年前の56%から16%に激減した。

 総合研究大学院大副学長の長谷川真理子さん(62)(進化生物学)は「殺人は、目の前の敵を除去できる反面、自分が失うものも大きい。若い男性に殺人が多いのは、競争が激しい一方で、失うものが少ないためだ。日本で若者の殺人が激減したのは、経済発展で豊かになり、格差が小さくなって、バカなことをすると失うものがある若者が増えたから」と分析する。

 「無敵の人」は、その幸せな前提が崩れていることを示すのかもしれない。

 長谷川さんは「格差が広がっても、これまで問題がすぐに顕在化しなかったのは、親がまだ豊かで子どもを支えてきたから。『無敵の人』の犯罪は一気には増えないが、ブレーキが薄れ、潜在的な層は増えている」と警告する。

 一方、新潟青陵大教授の碓井真史まふみさん(54)(心理学)は「『無敵の人』は昔の不良の『俺なんてどうなってもいい』を知的に表現しただけ」とした上で、「恵まれない立場の人の犯罪は昔からあったが、優等生型の犯罪が目立つのが現代的」と指摘する。

 08年の秋葉原の無差別殺傷事件で1、2審とも死刑判決を受けた加藤智大被告も、渡辺被告と同じように、地元進学校出身だった。

 碓井さんは「優等生が挫折すると、プライドが高い分、自分の境遇を実際以上に悲惨に感じる。夢をつぶされた、人生を狂わされたと思い込んだ時に自暴自棄になる。『無敵の人』はどうなってもよいと言いながら、誰かに認められたい、愛されたいと、もがいているように見える」と話す。(杉森純)

メモ
 法務総合研究所によると、2000年から10年3月までに裁判が確定した無差別殺傷事件の受刑者52人のうち、37人が39歳以下の男性で、犯行時に正規雇用されていたのは4人だけだった。月収10万円以下が9人で、ゼロも31人。異性との交友関係がないものが大半で、親密な友人がいたのは3人だった。犯行動機は「自己の境遇への不満」(22人)が最も多かった。
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