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元記者ドクター 心のカルテ

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特異な言動の女性、統合失調症との診断に行き詰まり…(前編)

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 訳があって、今回は15年近く昔の話を持ち出したく存じます。当時、統合失調症は精神分裂病と呼ばれていました。表記上、臨床現場で一般的に用いられている世界保健機関発行『精神および行動の障害 ICD-10』に基づき、現在の病名に統一しました。


言動を医学用語に“翻訳”すると…

 病室を訪れると、うりざね顔の30歳余の女性が、「あ、先生」と抑揚なくひと言発し、無表情のまま大きく目を見開き、眼前にまでにじり寄ってきた。こちらの後ずさりを気にもとめず、突然「愛が宇宙に届く」と、かん高く言い放った。

 すみやかに距離を保ち、ベッド脇に誘導し、ひと呼吸おいて話の意味を問うと、「そのように、聞こえてくるのであります」と、どこか古風な言い回しで即答した。

 別の日には、「脳から血」などと、前置きもなく言い出したり、また、古代ギリシヤ彫刻に特徴的な“アルカイック・スマイル”を彷彿ほうふつさせる、ぎこちない笑顔で、「いつもお優しいのですね」などと、丁寧に気遣ってくれたりもした。

 突然、大声で独り泣き出したので、近づいて訳をたずねると、「風俗のアルバイトで売春をして、処女を失ってしまったのです」と抑揚のない口調で、周囲をはばからずに打ち明けた。

 つい相好を崩してしまいそうになる、そうした仕草しぐさや言葉を、精神医学の言葉に“翻訳”すると、とたんにいかつくなる。

 奇矯ききょう、わざとらしさ、表情の平板、幻聴、妄想、思考の連合の弛緩しかん、滅裂思考、感情の鈍麻どんま、情動の易変いへん――。こうした術語が出そろえば、次のように判断されるのも自然な成り行きだ。

 「幻覚妄想状態である。しかし、幻聴や妄想よりは、滅裂した思考や周囲への無関心、感情表現の起伏の乏しさが前景に立っている。よって、統合失調症、わけても破瓜はか型の印象を抱かせる」


非典型的な症状に診断が難航

 どうも判然としなかった。

 統合失調症の「妄想型」にしては、妄想(誤った確信)が著しいわけではなかった。「破瓜型」と捉えるには、ぎこちなさはありながらも喜怒哀楽は豊かだったし、そうそう思考が滅裂していたわけでもなく、小説や映画の筋書きを整然と説明してくれたりもした。

 まれにしかないと言われる「単純型統合失調症」の概念を持ち出せば、うまく説明できそうだが、矛盾も少なからずあった。

 一連の術語から観念的に浮き上がる病像と、女性の所作が醸し出す現実の印象とが重なり合わず、妄想型、破瓜型、単純型などと型を問う以前に、そもそも統合失調症の輪郭からずれてしまうのだ。

 血液や脳波、画像といった検査からは、体の病変が脳に影響を与えている状態や、あるいは、脳そのものの病変のいずれも、否定的だった。もちろん、心理的葛藤を著しくこじらせてしまったからといって、ここまでの精神症状を呈するに至るはずもない。

 無理に分類しようとすると、はじき出されてしまう。悩み抜いたあげく、「統合失調症(鑑別不能型あるいは単純型)あるいは統合失調型障害」と診断せざるを得なかった。


入院までの経緯

 女性のし方は、次のようだった。

 大都市圏で生まれた。一人っ子だった。私立高校を卒業後、専門学校に進み介護福祉士になった。特別養護老人ホームに勤めたが、同僚に冷たくされて孤立し、1年半で退職した。介護福祉施設ヘルパー、スーパーのレジ、歯科助手、メガネの組み立て、飲食店の給仕など、短期間に職を転々とした。

 21歳の時、父が病死し母と二人暮らしとなり、関係が葛藤的となった。口論から母の頭を茶碗ちゃわんで殴りつけるなど、暴力が著しくなり、精神科病院に入院した。統合失調症と診断された。

 数年後、母は脳出血で倒れて入院し、以来、転院を繰り返すようになった。遠縁の力を借りて家を処分、数百万円を手にし、母と生計を分かつこととなった。

 ビジネスホテルで寝泊まりしたため、ほどなくして手持ち金を使い切り、繁華街で野宿した。風俗店でアルバイトを始めたが、勤めるそばから「仕事ができない」と解雇され、店を転々とした。生活に行き詰まり、叔母を頼った。保健所が介入し、生活保護を受けられるようになるとともに、精神疾患が疑われ、こちらの精神科病院を受診した。そのまま入院となった。15年近く前の春だった。


精神科薬 乏しい効果

 入院後、何十分も手を洗い続ける、同じ大きさにたたんだトイレットペーパーを重ね、高さをそろえて、テーブルに整然と並べる、用便の後、トイレットペーパーを大量に使い、水洗トイレをつまらせる、といった行動が明らかになった。

 昔日のつらい出来事を、今しがた起きたかのように訴え、泣き出したりもした。

 「一人暮らしをしたい」と希望した。アパートにいきなり入居する前に、“生活する力”を培ってもらうため、精神障害者社会復帰施設「グループホーム」に退院できるよう段取りした。施設に外出、外泊を繰り返して間もなく、食事をかたくなに拒み始めた。退院を中止せざるを得なくなった。環境の変化に動揺してしまったらしい。

 入院して以来、様々に試みた精神科薬は、総じて効果が乏しかった。


「発達」の視点で従来の見立てに変化

 診断、治療に行き詰まり、医局の諸先輩方に意見を仰ぐことにした。

 精神病理学、精神分析、司法精神医学など、それぞれに詳しい医師が出入りしていた。その道の“大家”も在籍していた。

 「やはり、統合失調症と捉えていいのではないだろうか」と、大方口をそろえる中、児童青年精神医学に詳しい医師が、小児科領域の疾患「小児自閉症」と、その類縁にあたる「アスペルガー症候群」について説明し始めた。いずれも「広汎こうはん性発達障害」に分類されている。

 表情がぎこちなく、発話の抑揚が平板といった点は、見方を変えれば、言語を介さないコミュニケーションの仕方に何らかの偏りがある、とも捉えられよう。

 相手の立場を顧みずに、思ったままを悪気なく口にしてしまったり、周囲の思惑を先読みせず、自分の興味を一方的にまくし立ててしまったりする。周囲に無関心で、奇矯ともとれるが、むしろ、対人関係上、情緒的交流を深めるのが苦手、と判断される。興味や関心の対象が著しく特化されていることも、背景にあろう。

 同じ行動を飽くことなく繰り返し、一方で、状況の変化に著しく抵抗する、といった点も特徴的だ。

 いずれも、成長し、心理的に発達する過程で明らかになる独特な行動様式で、病的な「症状」とは捉えにくい。

 女性の入院後の様子と来し方ついて、「感情鈍麻」「連合弛緩」「自閉」などと従来の精神医学の概念で拾い上げた症状を、「発達」の視点で捉え直していった。


医局で検討 立場が二分

 小児神経医学からの知見を突き付けられ、検討を余儀なくされるうちに、医局の精神科医たちは戸惑ったり、に落ちて視界が開けたりし、めいめいが“立場表明”を迫られる結果となった。

 「従来の精神医学の範疇はんちゅうからすれば、破瓜型か単純型かは判別が困難としても、少なくとも統合失調症でよかろう」

 「いや、これからは、精神科といえども、発達の視点をもつことが不可欠となろう」

 互いを尊重しつつ、控えめながらも立場が二分した。

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