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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

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スピリチュアルペイン(1)「生きる意味」を見失うつらさ

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 皆さんにとって「生きる意味」とは何でしょうか?

 幸せな家庭を作りたい。あるいは幸せな家庭を続けていきたい。

 社会的に成功したい。後世に名を残すような大発見をしたい。

 富を得たい。昇進したい。自分の会社を発展させ継続させたい。

 人には様々な生きる動機があり、生きる意味があります。

 しかし、病気や事故、予想しない不幸な出来事は、これらの「生きる意味」を粉々にしてしまうことがあります。

 例えば、サッカーのプロになろうとひたすらに努力していた10代後半の男性が、骨肉腫という骨のがんになり、片足を切断しなければならなくなりました。そうすれば彼にとって大きな生きる意味の一つであった「プロのサッカー選手になること」が事実上ついえてしまいます。

 「夢が絶たれてしまった。このような状況では生きている意味がない」

 「この後どうやって生きていけば良いのか見当もつかない」

 そういうふうに彼は言うかもしれません。

 このような存在の意義が揺らぐことによる苦痛を、スピリチュアルペインと呼びます。


スピリチュアルな因子とは…

 スピリチュアルペインというのは一般の方には聞き慣れない言葉かもしれませんが、あの世から霊を呼び出して云々うんぬんなどの怪しいものではなく、世界保健機関(WHO)でも1993年にスピリチュアルについて次のように定義しています。

―スピリチュアルとは、人間として生きることに関連した経験的な一側面であり、身体感覚的な現象を超越して得た体験を表す言葉である。多くの人々にとって、“生きていること”がもつスピリチュアルな側面には宗教的な因子が含まれているが、“スピリチュアル”は“宗教的”と同じ意味ではない。スピリチュアルな因子は、身体的、心理的、社会的因子を包含した人間の“生”の全体像を構成する一因としてみることができ、生きている意味や目的についての関心や懸念と関わっていることが多い(青木信雄, 2001)。


 スピリチュアルな因子は、私たちの「生」の全体像を構成する一因子と表現されています。

 私たちに身体があり、精神があることは通常実感しやすいと思います。そこに私たちの「生」を構成する要素として社会とスピリチュアルが加わっているのです。

 WHOにおいてはかつて「健康」の定義も、現状の「健康とは完全な身体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病あるいは病弱の存在しないことではない」から「健康とは完全な身体的、精神的、スピリチュアル及び社会的福祉の動的な状態であり、単に疾病あるいは病弱の存在しないことではない」への変更案が出たことがありました。

 一般の日本人の多くは、生を構成している要素に「スピリチュアル」な因子があると聞いても、すぐにピンと来ないかもしれません。

 けれども確かに、私たちは人生においてしばしば身体や精神と同様に、「スピリチュアルな因子」が傷つく可能性があり、従って「スピリチュアル」の苦痛とその対処について意識的になること、配慮することは実際上の有益性があるものと考えられます。

 次回に続きます。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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