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元記者ドクター 心のカルテ

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末期癌で認知症の母、白血病の長男に託されて

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 「これからの母のことは、病院に全てお任せします」

 認知症の70歳代の母のベッド脇で、長男は深々とお辞儀をした。かすれた、力のない声だった。

 こちらに入院して一か月半がち、いよいよ食べられなくなった。手足の静脈に針を留め置き、点滴で水分と栄養を投与し始めて、一週間経ったところで、来院してもらった。

 このままでは衰弱の一途だ。今この段階で栄養の投与のあり方を決めないと、後から「やはり延命させたい」と望んでも変えられない。

 「このまま点滴だけで“自然の摂理”に寄り添いましょうか、それとも、胃瘻いろうといって、手術で胃に穴を開けて――」と、説明した直後だった。

 長男は“胃瘻”と聞いて、「もうこれ以上、説明はたくさん」とでも言わんばかりに、さえぎるように、丁寧にお辞儀をした。

 

総合病院での治療、限界に

 長男は白血病で職に就けず、生活保護を受けながら一人で暮らしていた。5人兄弟だったが、一家離散し互いに音信不通だった。ただ一人、母の近くに住んでいた。母に認知症が現れ始めてから、時々、様子を見には行っていたが、自身の生活に精いっぱいだった。気づいてみると、母は家賃を滞納して強制退去となり、野宿同然だった。ホームレスのための自立支援施設に入所した。

 施設職員に促され、大学病院や総合病院を矢継ぎ早に受診した。末期の子宮頸癌けいがんで、腫瘍が腎臓、肺、脳に転移していた。頭にも直径20センチもの皮膚癌が盛り上がり、崩れて出血し、異臭を放っていた。手術はもとより、放射線治療も限界であると判断された。

 総合病院に入院し、呼吸困難や頭の皮膚のただれなど、その都度生じる症状に対症療法が施された。一方、大声、失禁、異臭、他の患者さんからの苦情への対応に行き詰まり、また、皮膚を処置するそばから拒否して包帯をむしり取り、自ら酸素チューブや点滴を抜き、2週間ばかりで、総合病院で入院を続けるのに、手に余るようになった。

 

精神科病院で合併症治療

 根本的な治療を施せない末期癌の患者が、認知症などにより著しい精神症状を併発すると、精神科病院に流れつく。医療機器や設備、スタッフの充実加減は、総合病院と比べるべくもない。“ないないづくし”が現状だ。それでも、地域医療の一端を担っているという矜持きょうじもあり、もとより患者さん、ご家族が途方に暮れてしまっているのだから、入院を依頼されればお受けする。

 肺炎や尿路感染症、イレウスなどの消化器疾患やけいれん発作、その他、コントロール不良の糖尿病や他施設でこじらせた大きな褥瘡じょくそう、そして、末期癌。そうした身体疾患を治療する傍ら、病棟内のそこここで頻発する、徘徊はいかい、大声、暴力、拒食、失禁等に、その都度対応を求められる。悔しいかな、治療、看護、介護のいずれをとっても、理想通りに行こうはずもない。

 精彩に欠け、時に“存在悪”として揶揄やゆもされる、そんな“ないないづくし”の病院が、我が国の医療を“下支え”しているのもまた、現状である。

 

病が勢いづき点滴投与

 呼吸困難を脱して早々に、総合病院からこちらに転院した。活気を取り戻す一方で、食事や身辺の介助、頭の皮膚の治療に、抵抗するようになった。認知症の症状が、もたげ始めた。検査とこれまでの病歴から、認知症の原因を脳血管障害と転移性脳腫瘍と判断した。

 人手を尽くす、精神科薬を用いる、環境を変える。病棟スタッフは、思いつくことは全て、手分けして取り組んだ。車いすに抑制帯をつけて過ごしてもらわざるを得なかったこともある。

 徹底してしぶとく、柔らかく介助した。食事介助時に口を開けてくれるようになり、皮膚の処置も嫌がらなくなったのも束の間、入院後一か月余りで、病勢のため意識が動揺し始めた。再び、点滴を投与しなければならなくなった。

 

静かな最期 述懐しきり

 病状を説明し、今後の栄養投与の方針を決めるに当たり、長男に来てもらった。

 「苦しませることだけはやめて下さい。あとはお任せします」

 かすれた口調は丁寧で控えめだったが、目は「金輪際、砂をむような説明はたくさん」と、鋭く訴えているかのようだった。

 母の病状を巡って、希望のない医学的説明をどれだけ聞かされてきたことだろう。自身も白血病を患い、医療者とインフォームド・コンセントを交わすたびに、悩み続けたに違いない。

 長男から治療方針を託され、“自然の摂理”に従うこととした。点滴と、呼吸苦を和らげるための酸素を投与するにとどめた。

 数週間が経ち、呼吸があらくなった。命の幕引きが近い。急いで長男に連絡を取ろうとしたところかなわず、生活保護担当者から「長男は白血病が悪化して入院した」と知らされた。

 その数日後、母は息を引き取った。静かな最期だった。

 長男の意思に、たがわずに至ることができたであろうか――。述懐しきりに、“白装束”の病棟スタッフばかりで、出棺を見送った。

 

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