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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

yomiDr.記事アーカイブ

200万円の免疫療法の途中で亡くなった兄(お便りから)

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 免疫・食事療法に関して、もう一つメッセージを頂戴ちょうだいしました。

 前回とは別のH様からです。

 お兄さんを亡くされた方です。一部地名や時間等を伏せ字にし、改変しておりますが、ご了承ください。

 私の兄(60代)は消化管間質腫瘍でX年Y月に8時間に及ぶ摘出手術を受けました。

 しかしながら、進行した第3期の状態であったために、すべては取りきれず、その後は分子標的薬の薬物治療を受けながら定期的に診察を受けていました。

 術後1年を経過したころから腹水がたまる状態になり、病院の外来の治療室で腹水を抜 いてもらう状態で悪化していきました。

 その時期に担当医より1000分の1のわずかな可能性があるかもしれないが、もしお金に余裕があるならと免疫療法を紹介されました。

 すがるような気持ちで兄は翌年8月にA(地名)にあるクリニックの免疫治療に説明を受け申し込みました。


 内容は次のような工程です。

 面談→申し込み→リンパ球採取・採血→リンパ球培養→点滴治療。

 1クールは12回の点滴治療(週2回。6週間)で、兄は6回の点滴治療(週2回。3週間)の0.5クール分を申し込みました。

 その代金は(6回で)203万7,000円でした。お金は全額振り込みでした。

 内訳はANK療法事前説明料10,000円、全血採取63,000円、リンパ球培養費用・主治医管理費用及び連絡管理費用196万4,000円でした。

 上記以外にもリンパ球移送費用(A→B)<どちらも地名>52,500円と記載がありました。


 8月21日に採血した兄は8月31日、おなかのはりでかかりつけ病院の処置室にて腹水2,200ccをとるほど悪化していて、歩くのもやっとの状態になっていました。

 さらに翌9月7日、腹水2,000ccをとり、9月14日にかかりつけの病院の判断で入院することになりました。

 入院後も1日おきに腹水約2,000ccを抜きながら、免疫治療に望みをかけていました。

 私が、費用がかかりすぎるのが障害になるのではと問いかけた時に、兄は自分が生きるためにはこれしかないと申しましたので、私はその気持ちを尊重して、全面的に協力することとしました。

 入院後、待ちに待った免疫治療のリンパ球点滴治療の1回目が9月20日に始まり、病院の外出許可をもらい、歩けなくなった兄を車いすとタクシーで免疫治療クリニックまで連れて行きました。

 狭いクリニックのベニヤ板で仕切られている点滴室で、兄を診察台の上に横たえさせて、看護師さんが今日届いたものですよと120ccのリンパ球を持ってきて、30分経過時に食塩水100ccを混ぜ(フラッシュと呼んでいた)、さらに10分後、食塩水20cc入れ、合計240ccを1時間ほどかけて点滴が終了しました。

 点滴後、クリニックの医師が兄に免疫力が既に下がっているので、(リンパ球の効果による)熱は出ないかもしれませんと言っていました。私は効かないことの言い訳のようにも感じました。

 その後9月25日(2回目)、同月28日(3回目)、10月3日(4回目)と、クリニックにほとんど歩行できない兄を車いすとタクシーで連れて行きました。

 4回目の点滴の時に後半の免疫治療の申し込みを打診されましたが、色々とこれまでの話と違う部分があり、前半の6回目が終了してから判断すると、兄と事前に相談していた内容を伝えました。(コラム筆者注:お兄さんはこの際はご自身でそれを判断できる状態ではないくらい衰弱されており、弟さんがかわりに決断された、ということです。これくらいの衰弱が進行していた状態で、なおも6回で203万7000円もする免疫治療を勧めていたことに注意が必要です)

 そして、10月4日にかかりつけ病院の主治医に兄と共に面談を求めたところ、とてもつらい副作用にも耐えた分子標的薬の効果もなく、リンパ球の免疫治療の効果も見受けられないので、病院内の緩和ケア病棟に行くのはどうですかと勧められ、兄は苦しい息の中で「お願いします。お世話になりました」と意思を伝えました。

 緩和ケア病棟を見学させていただき、緩和ケアの先生にお話をさせていただくと「この2~3日が山かもしれないので、親しい方々に連絡をされたほうが良いでしょう」とのお話でした。おじにその旨連絡し、明日病院に来ることになりました。

 その翌朝でした。病棟見回りの看護婦が心肺停止の兄を発見して、私に連絡してきたのです。すぐ駆けつけた私は、看護師詰め所の後ろの部屋に通され、そこで亡くなった60代半ばの兄の無念を思い、嗚咽おえつしました。

 全ての治療がもうないと言われた患者の弱味につけこんで、保険のきかない高額な医療費で効果が期待できない治療を行う。そんなふうに弱い患者を食い物にする医療という名の仮面をかぶった詐欺師のような金の亡者にとりこまれないために、わらをもつかみたい人々に同じような被害経験をさせたくないので、尊敬する兄のケースを報告させていただきました。

 兄は分子標的薬も効果がでず、この免疫療法にかけていたため、多くの友人からお見舞いの申し入れがありましたが、この治療に集中したいので、すべてお断りしていました。

 4回目の点滴の際にクリニックに向かうタクシー内ではずっと横になっているような状態でした。そして亡くなった当日も11時にクリニックでの免疫治療の5回目の点滴予定でした。

 前日の病室に見舞った時も、小さな声でしか発声できない兄に「明日も頑張ってクリニックに行こう」と励まして帰宅したのが最後になりました。

 緩和ケア病棟に行ってから、兄と相談して最期の時を充実したものにしようと強く思っていただけに、その時間がなかったことが悔やまれてなりません。

 この経験が少しでも終末期にあってわらをもつかみたくなる方々への冷静な取り組みへの参考になれば、亡くなった兄と私は本望です。



 ずしりと重みを帯びた体験談です。

 私はHさんから頂いたこのメッセージは、おそらく何回読んでも「気づき」があるものであると感じました。がんの高度進行期や終末期に私たちをからめ取り、「やりたいことや、やるべきこと」と大金を奪ってしまい得る免疫治療の危険性が示されていると思います。

 Hさん、本当にありがとうございました。

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専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

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