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ケアノート

コラム

[ハルノ宵子さん]「いいかげん」で長続き

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「良き介護人」は重荷にも

 

「父はほとんど目が見えない中で書き続け、インタビューの仕事も受けていました。本当にがんばりました」=関口寛人撮影

 戦後の思想界を代表する評論家で詩人の吉本隆明さんは一昨年、87歳で亡くなりました。俳人の妻和子さんも同年、85歳で死去。

 この2人を生前、介護したのが、長女で漫画家のハルノ宵子さん(56)。長年にわたるダブル介護はハードでしたが、ハルノさんは「私はいいかげんだからやってこられた」と強調します。

両親を同時介護

 

 父の目が悪くなったのは1996年夏。家族や仲間と伊豆に泳ぎに行って、海で溺れてからです。この時71歳。30代の頃から糖尿病を患っていたのですが、溺れて精神的にカクッときた感じでした。

 目は、翌年の手術でも回復しませんでした。今が夜だか昼だかもわからないぐらいまで悪化して、「死んだ方がましなんじゃないか」と落ち込んでいました。2000年頃からは足も悪くなり、車いすにも乗るようになりました。

 伏せりがちだった和子さんも09年に左、翌年に右の大腿だいたい骨を相次いで骨折。認知症も進み、一番重い「要介護5」に認定された。妹で作家のよしもとばななさん(49)は独立しており、実家に同居していたハルノさんが、ダブル介護を担うことになった。

 母は要介護認定を受けたので、ヘルパーさんに頼れました。でも父は、「年寄りは親族や地域で介護するものだ」と、最後まで介護保険に頼りませんでした。とっくに要介護認定が受けられたはずなんですけど。

 私がすることは食事の世話と病院への付き添いです。2人とも生活リズムも食事の趣味も違うので大変。1階居間に寝ている父と2階の母の部屋を何度も往復しました。

 それでも、1、2時間の暇ができた時には、そのすきに飲みに行ったり、近所の天然温泉に行ったりしました。「この間に何かあっても、絶対自分を責めない」と心に決めて――。そういう考えでいた方が、介護は長続きするのだと思います。

 漫画は時間的にも体力的にも描くのが難しくなりましたが、エッセーを書く仕事だけは続けました。父は夜中に不安になるのか、よく午前2、3時に起きてきましたが、私も夜中に働く人間なので、支障ありませんでした。

 妹は訪ねて来ると、父の体をさするなどしていました。金銭面も妹のおかげで心配ありませんでした。

食べたいものを

 

 よく食べる人だった隆明さんは、医者に食を控えるよう言われて禁煙した。禁煙に耐えたら食欲も自制できると考えたそうだ。だが、食べることはやめられなかった。そんな父を知るハルノさんは、本人が食べたいものを作ってあげた。

 年寄りには飲み下しがよくて消化にいいものを……なんて発想はきらいなんです。栄養を考えると、どうしても本人の食べたくないものが出てくる。

 父はうなぎでも煎餅でも、総入れ歯なのにカツ丼も食べました。お菓子も食べていました。私が買わなきゃいいようなものだけど、買ってきちゃうんです。私は悪い介護人です。でも、良き介護人であろうとすることが、介護される側にはつらいということもあると思います。

 父は元気でした。はって自分でトイレにも行きました。風呂場に迷い込んでもがいていたこともありましたが。おむつを「こりゃいいや」って受け入れ、自分で勝手に脱ぎはきしてくれたものだから、母はともかく父のおむつを私が替えたことはありません。

 それでも最後の1年は食が細くなり、晩年の好物はカップ麺でした。家で最後に食べた食事もカップうどん。温泉卵とゆでホウレンソウを載せてあげました。

「仕事脳」は健在

 

 隆明さんは、雑誌「dancyu」の11年2月号までエッセーの執筆を続け、それが最後の原稿となった。12年1月、救急車で運ばれて入院し、3月にこの世を去った。和子さんも10月に後を追った。

 思想めいた被害妄想を口走ったり、寝ぼけて障子を破ったり、私には認知症を思わせた父でしたが、「仕事脳」は最後までおおむね正常でした。ただ、目が見えないものだから原稿の字は本当にひどくて、編集の方が解読に苦労していました。

 最後の入院でもがんばりました。ほぼ意識のない状態の中、「お父ちゃん、がんばってね」って手を握ると、握り返してくれました。

 父が亡くなった時は、直前に母がまた骨折をして入院し、私も乳がんの手術を受けたこともあって、悲しむどころじゃありませんでした。父の死後も、母の自宅介護が少しだけ続きましたが、母は本当にあっけなかった……。

 十数年の介護生活では、頭が介護だけでいっぱいにならないようにしてきました。ある意味ずるく、適当に息抜きをしていたから続けられたのだと思います。(聞き手・植松邦明)

 はるの・よいこ 1957年、東京生まれ。漫画家。代表作に「プロジェクト魔王」「はじまりの樹」など。隆明さんとの共著「開店休業」(プレジデント社)では、エピソードごとに長女の視点で追想を添えた。近著に「それでも猫は出かけていく」(幻冬舎)。

 ◎取材を終えて 隆明さんの書斎は生前のまま残されている。古書の匂いのする空間の奥には、なんとヌードカレンダー。「部屋を華やかにしようって妹と飾りました。父で遊んでたんですよ。本人は見えてなかったでしょうけど」とハルノさん。親子関係がドライなのか。だが、自分も娘を持つ身。父娘の関係なんてそんなものだ。カレンダーの愛情が父の心に染みたであろうことは、わが身に置き換えるだけで確信できた。

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