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富士山頂 あふれる生命力、今こそ伝えたい光

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写真集出版 小野庄一さん

富士山頂からの光景を語る小野さん=青木久雄撮影

 年間30万人が登る富士山が来月、山開きする。人はなぜ、この山にひかれるのだろう? 山頂から撮った神秘的な光景の写真集「テッペン!」(講談社)を出版した写真家小野庄一さん(50)は「自分を揺さぶる力を予感するのでは」と考える。

 登山経験がなかった小野さんが富士山に出会ったのは、2005年夏。友人に誘われ、30キロ弱の機材を背負って登った。麓は熱帯夜だというのに、頂上は真冬の寒さ。少し風が吹けば、体感温度は氷点下10度まで下がった。

 山頂で迎えた朝、空の顔が一変した。紺碧こんぺきの天空に現れた太陽の芯が、7色に光る雲に包まれて揺らいでいる。「彩雲」と呼ばれる気象現象だ。太陽の下にどこまでも広がる雲海は、目をあけていられないぐらい白くまぶしい。生命の源に出会ったような畏敬の念を抱き、小野さんは自然と頭を下げた。

富士山頂からの絶景を撮影した「テッペン!」

 あらゆる光を逃さないようにして撮影し、下山後にパソコン画面で確認すると、かつて見たことがない生命力にあふれた太陽と、黄金色と黒色が織りなす雲海が荘厳な光景を生み出していた。富士山は写っていないのに、富士山を感じる。「自分の心に写った世界」と思えた。

 小野さんはこの頃、百寿者(100歳以上の高齢者)のポートレート撮影をライフワークにしていた。百寿者は日本で最も長くの光を浴びた存在だ。同じ「生命の根っこ」の力強さに魅せられ、以来9年間、毎夏3回以上、霊峰の山頂で数日間を過ごした。

 漆黒の闇が、薄皮を一枚ずつはがすように柔らかくなる。夜明けには薄い雲に覆われた月が、揺れながらにじむ。あかね色の雲の上、流れていくガスの切れ間からのぞくご来光。「ウォー、ウォー」とあちこちで起きるどよめきを背に、見上げれば「吸い込まれそうで怖い」宇宙が広がる。太陽が昇り、大気がぬくむ。手を合わせる人がいる。微動だにしない人がいる。

 独立峰の富士山頂は気流の流れが特徴的で、風下側に異形の雲が生まれることが多い。天気が崩れる前後こそ、雲がおどる。手が届きそうな近距離で、凸レンズ形のつるし雲が鯨の形状に化け、さらに富士山をまねた姿になった。

 夕方、空は黄色から紫色までの無数の色彩に覆われる。夜は、かなたの地平に、横浜や東京、千葉の街の灯が数ミリの光の膜を張る。

 富士山頂で、小野さんはこれまで多くの人に会った。「米寿の祝い。一生に一度は」と笑う88歳の男性がいた。「自分を試したかった」と言う山ガールの声もしばしば聞いた。

 人はそれぞれの人生を通して、風景を眺める。富士山は無限のキャンバスであり、それだけに描く思いも広がっていく。「(夕焼けの)命の赤」「幸せの実感」「人間って薄っぺらい」「胸が締めつけられる切なさ」――。みなが口にする感覚はしかし、歴史を超えて共有されてきたものだろうと、小野さんは思う。

 「心が見えにくい時代だからこそ、山頂で感じた何か、を伝えたい」。写真集「テッペン!」は、そんな思いの結晶である。(鈴木敦秋)

 

 おの・しょういち 岐阜県生まれ。満100歳以上の人々のポートレート「100光年」で第30回太陽賞を受賞。著作に、写真集「百歳王」(新潮社)、脳性マヒで四肢機能障がいがある作家の松兼功さんとの共著「寄り添う般若心経」(小学館)など。公式サイト「どちらもテッペン! 百歳王&富士山」は、http://www.ono‐show.info/

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