文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話

yomiDr.記事アーカイブ

「医療不要論」のうそと“インチキ”治療の見分け方

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 まったく手を加えないという意味での「自然」な死は、しばしば苦しいことを前回お伝えしました。

 たとえがんの治療を行わずとも、がんによる痛みは出ます。その場合は痛みを和らげる薬を使うという医療を行うことで、もちろんそれが医療用麻薬でも、意識もそのままで、命を短縮させることもなく、苦痛少なく過ごすことが可能になります。

 穏やかな死にも適切な医療が必要なのです。

 しかし最近書店に行くと、お医者さんが書いた「医療は要らない」か、はたまた「医療陰謀論」のような本がたくさん並んでいます。

 タイトルはあくまで手に取ってもらうためのようなものですから、皆さんは大丈夫だとは思いますが、それを真に受けて「すべての」医療が不要と思わないことが重要でしょう。



「現在どこで働いているか」…著者をチェック

 ひとつポイントをお伝えします。

 医療系の本を手に取って読む時に、その著者が「現在どこで働いているか」をみることは重要です。どこで「働いてきたか」ではなく、「現在どこで働いているか」が重要です。

 免疫系クリニックや食事療法を勧めるクリニックの場合は少し注意が必要です。それはその先生が主張するオリジナルな論であって、科学的根拠が弱く、従って信じることにリスクが潜んでいることがあるからです(なお、その危険については次回以降に記します)。

 これまでの連載でも、医療は白と黒ではなく、その患者さんや状況に応じて適切な治療は異なることを述べました。

 もちろん終末期や死に関しても、ある方には医療がないことが最良となる場合もあるし、ある方には症状を和らげる医療が必要な場合もあります。または病気そのものを治す治療(例えば抗がん剤治療)を行うことが、一番命が長く苦痛が小さくなる場合もあるでしょう。0か1ではないし、白か黒でもないのです。

 抗がん剤も、その言葉やイメージから、「自然」の対極として語り、考えられることが多い事物だと思います。「自然」がもっとも良く、その言葉やイメージに心ひかれる立場からすると、抗がん剤の欠点を強調した本に魅せられるのもやむを得ないのかもしれません。

 そのもっとも有名なものとも言える、やや極端な考えが記された近藤誠さんの論については、主に終末期医療・緩和医療の担い手の立場からこれまで、その“誇張”を指摘させて頂きました。

 しかし、なかなか一般の方にわかる、科学的根拠にも配慮された、また努めて偏りのない姿勢から描かれた本が少なかったのは事実であります。

 抗がん剤の専門家の立場から、一般の方に、過不足なく抗がん剤治療を始めとするがん治療のことを伝える本が最近出ました。

 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科の勝俣範之先生の『「抗がん剤は効かない」の罪』(毎日新聞社)という本です。一般の皆さんもぜひ読まれると良いと思います。

 転移再発があるがんでもハーセプチンという抗がん剤でがんが消えて長期生存している事例(P42)などが示され、「抗がん剤は効かない」という白黒論に惑わされないことが肝要だということがよくわかります。



2つ以上当てはまると…

 なお同書の中に「がん患者を食い物にするインチキ治療を見分けるコツ」として、次のものが挙げられています(P163)が、私もその通りだと思いますので紹介します。

1 ○○免疫クリニック、最新○○免疫療法

2 “○○%の患者に効果がある”という文句

3 体験談が掲載されている

4 保険が利かない高額医療

5 “奇跡の○○治療”“末期がんからの生還”というキャッチコピー


→2つ以上当てはまると、インチキは確実


 いかがでしょうか? ただ、1つ当てはまるだけでもちょっと怪しいかもしれませんね。

 自然という言葉からは遠そうな抗がん剤で長期生存が得られ、「医療」で苦痛が緩和されて最期まで穏やかに過ごすことが可能となる一方で、免疫という自然に備わったものを利用する治療のほうが“インチキ”だったりするわけです。

 考えてみれば、世の中のキャッチコピーというものも、言葉で人の欲望をかき立てるものだとも言えます。実際「買ってもらいたい側」は上手に言葉を操ります。「自然」という言葉に私たちが弱いことを利用している人もいるかもしれません。

 何もかもそのままで科学を介入させない「自然」が、私たちの望む最良とは異なる場合があることを、より受け止めて行く必要があると思います。また「自然」という言葉にこそ、私たちは“免疫”をつけなければいけないかもしれません。

 次回に続きます。


 追記
 一般の方に抗がん剤の過不足ないところを伝えるものとして書籍ならば勝俣先生の前掲書が、オンラインならば宮崎の腫瘍内科医のSho先生が書かれている『がん治療の虚実』(http://ameblo.jp/miyazakigkkb/)がお勧めです。ぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話_profile写真_大津秀一

大津 秀一(おおつ しゅういち)
緩和医療医。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長。茨城県生まれ。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、がん治療認定医、老年病専門医、日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科医としての経験の後、ホスピス、在宅療養支援診療所、大学病院に勤務し緩和医療、在宅緩和ケアを実践。著書に『死ぬときに後悔すること25』『人生の〆方』(新潮文庫)、『どんな病気でも後悔しない死に方』(KADOKAWA)、『大切な人を看取る作法』『傾聴力』(大和書房)、『「いい人生だった」と言える10の習慣』(青春出版社)、『死ぬときに人はどうなる』(致知出版社)などがある。

専門家に聞きたい!終末期と緩和ケアの本当の話の一覧を見る

最新記事