文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

ケアノート

コラム

[櫻井よしこさん]母介護 愛情へのお礼

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

102歳 豊かさ増す表情

 

「母が喜ぶと思われることは何でもしてあげたい。心地よく、楽しく生きてほしいというのが私の願いです」(東京都内で)=米山要撮影

 ジャーナリストの櫻井よしこさん(68)は、自宅で母の以志いしさん(102)の介護を続けています。「今は、母と密接に過ごせる貴重な時間。介護は、これまで母が私にくれた深い愛情へのお礼のようなもの」と言います。

突然倒れる

 

 2005年10月25日。母は、当時住んでいた、千葉県内の兄の家で倒れました。くも膜下出血でした。

 翌日は私の誕生日。母は、一緒にお祝いをしようと、東京都内の私の家に泊まりに来る約束でした。倒れたのは、その出がけのことです。

 日本舞踊の稽古を毎日続け、私の家にも頻繁に訪ねてくれていた元気な母。1か月前には一緒に旅行したばかりでしたから、驚きました。

 病院に運び込まれ、緊急手術を受けました。危険な状態でしたが、なんとか一命は取り留めました。

 入院生活は半年に及び、その間、髄膜炎を患うなど危険な状態にも陥った。幸い回復して退院することになった。ただ、要介護度は最も重い「5」。母をどう支えていくか、家族で話し合った。

 施設に入れたらどうかと、周囲から言われたこともありました。けれども、母はそんなことは望まないはず。

 兄は長男としての責任感から、自分が介護をしなくてはと悩んだようです。ですが、こまごまとした世話をするのが介護生活。娘の私が一緒のほうが何かと都合がよいと考え、私の家に同居してもらうことに決めました。

 私の家は、すでに段差を取り除いた造りに改修していました。車いすでも通れる幅の廊下にしたり、座って入浴できるような風呂場にしたり。実は、自分自身の老後を見据え、たまたま準備していたのです。結果的に、慌てずに母を迎えることができました。

 最初の数か月は、母の世話をできるだけ自分一人でしようと必死になりました。例えば、食事のこと。のみ込みやすくて栄養があるものは何か、品数もそろえなくては、盛りつけも美しくなければと。夜は母のベッドにつきっきり。きぬ擦れの音でも目が覚めました。介護のことばかり考え、その合間に仕事をしている状態でした。

プロから学ぶ

 

 これでは仕事に影響が出てしまう。母を支えることもできなくなる。気持ちを切り替えて、「人に頼る」ことにしました。

 仕事で家を空けることもある。そんなときはヘルパーに泊まり込んでもらい、母のそばに24時間誰かがいる状態をつくった。知人に紹介された料理上手の女性にも、食事作りを手伝ってもらっている。

 世の中には様々な技術や知恵を持つ人がいる。それぞれ得意な人にお願いし、自分はその中で学べばいい。そう考えると、気持ちが楽になりました。自分でやってうまくいかないこともあるでしょう。そんな時、私は「お母さんごめんなさい。明日は上手にやりますからね」と謝り、またその道のプロから学びます。

 一方で、娘だからこそできることがあります。親の気持ちをくみ取れるし、しっかり気遣いもできます。

 毎朝、母の部屋へ行って、手をさすります。母が穏やかな表情をしているときは状態がよいとわかるので、こちらも安心です。母には、いつもおしゃれをしてもらっています。目覚めたら着替えて、髪を整えます。一日、気分よく過ごしてもらいたいですから。帽子が好きなので、あつらえることもありますよ。

絆感じる幸せ

 

 「これから出かけるけど、すぐ帰ってきますね」「今日は一日中書斎にこもりきりかもしれないの」と声をかけます。母は言葉での返事はできませんが、表情ではっきりと意思を示します。「いいから出かけなさい」と言っているような時もあれば、寂しそうな時もある。でも、こんな親子らしいやりとりができるのは、うれしいことです。

 都心の一角にある自宅の庭は木々が茂り、草花が咲く。自然豊かだ。天気のよい日には、2人で庭に出ることもある。母娘の絆を感じる幸せなひとときだ。

 介護をして8年。母の表情は年々穏やかになり、豊かになっています。ヘルパーや医者も驚くほどです。

 「周囲に助けてもらいながら」の介護で、私が疲弊せずに済んだことが大きいでしょう。母の介護に関しては、いい選択をしてきたと考えています。

 私にとって今の母は「介護をする相手」ではなく、「単なる高齢の母親」。私の役目は、母の天寿を全うさせること。母と過ごす日々を大切に、全力で生きていきたいです。(聞き手・上原三和)

 さくらい・よしこ 1945年、ベトナム・ハノイ生まれ。英字新聞記者を経て、80~96年、日本テレビ「きょうの出来事」のキャスター。「エイズ犯罪 血友病患者の悲劇」(中公文庫)で、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。近著に「迷わない。」(文春新書)。

 ◎取材を終えて 櫻井さんは「『こんな高齢で右肩上がりの人は初めて、幸福の微笑だね』ってお医者様に言われたの」と1枚の写真を見せてくれた。友人やヘルパーに囲まれた以志さんが幸せそうな表情をしている。

 仕事をしながらの介護は、簡単なことではないだろう。「親から受けた愛を今、このような形でお返ししているだけ」と穏やかに語る櫻井さん。お話をうかがって、自分ならどこまでできるだろうと考えた。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

kea_117

ケアノートの一覧を見る

最新記事