文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

第32回「心に残る医療」体験記コンクール

イベント・フォーラム

[中高生の部・優秀賞] ホースセラピー

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

沼口 果林(ぬまぐち かりん)(17) 茨城県・ラ・ヴァレ・ド・シュヴルーズ高校1年

 私には馬のセラピストになりたいという夢があります。それは私自身が異国フランスで馬に助けられて育ってきたからです。

〈脳の発達に問題がみられ治療の必要あり〉

 五歳半のときフランスの健康手帳に校医によって書き込まれたその一文は私の汚点となり今もつきまとっています。

 日本人だからフランス語が話せず、しかも内気な性格のために心を閉ざしているだけ。

 そう信じてくれた両親は私を精神科ではなく、乗馬クラブに連れていってくれました。幼い頃から動物好きでパリの公園の引き馬に夢中だった私は、そうして六歳から乗馬をはじめることになりました。貧乏な私たち家族でも馬が習えることに日本の祖父母は驚きました。フランスでは乗馬は庶民のスポーツなのです。

 学校でいじめられても、授業で落ちこぼれて先生に叱られても、週末に馬と会い、その背中に乗ると嫌なことはぜんぶ吹っ飛んで、

 「また、明日からがんばろう」と、思うことができるのです。馬に癒やされ、勇気をもらって私は成長してきました。

 そして、もしかしたら将来進むべき道はこれかも?という光が見えたのが中学最終学年のとき。必須のカリキュラムで一週間の企業研修がありました。生徒が仕事先を見つけ、学校と企業と親が協約書を交わして働くという本格的な仕事体験です。私は通っている乗馬クラブに頼んで働かせてもらうことになりました。

 そこではじめて馬による治療、ホースセラピーの現場を見たのです。皆が会社や学校に行っている平日の昼間、乗馬クラブはまるでリハビリセンターのようになっていました。

 毎日、近隣のいくつかの病院から患者たちがバスでやってきました。フランスではホースセラピーは保険治療の対象なのだそうです。年齢別、症状別に数人のグループに分かれて治療は行われました。乗馬の先生たちがセラピストの資格も持っていたことをはじめて知ったのもそのときです。

 先生の指示で私は知的障害を持つ子どもたちの手伝いをすることになりました。治療といっても普通に乗馬をする手順です。違うのは治療では毎回必ず同じ馬に乗ることだそう。

 「どの馬に乗っているの?」と、私が聞くと

 「僕はエピ!」、「私はメテオール」と、元気に答える子もいましたが、忘れていたり、怖がって隅で泣いている子もいました。

 「馬は怖くないよ、ほら撫でてごらん」私は自分が心を閉ざしていた幼い日を思い出しながら、子どもたちの手助けをしました。一時間のセラピー後はどの子も「馬が大好き!」と叫んでいました。はじめに泣いていた子も馬の温かさに触れ、笑顔になって馬の首に抱きついていたくらいです。

 別の日には重度の障害を持つ子どもの治療にも立ち会いました。ひとりの十歳くらいの少女は全身が硬直した感じで車いすに乗せられてきました。「馬を絶対に動かさないように手綱を持っていて」先生に言われ、私は馬の正面に立ち、緊張して手綱を握りました。乗馬の先生と病院から付き添ってきたドクターがふたりで少女を抱き上げ、馬の背中に乗せました。両脚を伸ばし、背中を伸ばしますが、左右から身体を支えてあげないともちろん落ちてしまいます。「じゃあ、カリン、手綱を引いてゆっくりまっすぐ前へ馬を歩かせてみて」さぁ、責任重大です。私は馬の目を見て、お願いだよおとなしく歩くのよと心の中で言い聞かせて、手綱を引きました。一歩、二歩、三歩馬が進みます。自分が乗馬をするときの百倍も緊張してしまいました。やがて青白かった少女の顔が少しだけピンク色になり表情もやわらかになっていったように見えました。ドクターの話では、繰り返し繰り返し馬の背中に乗ることで少しずつ身体がほぐれていくのだそうです。

 また別の日には老人たちの馬によるリハビリにも立ち会いました。脳の病気で麻痺が残り、杖なしでは歩けなくなったおじいさんを馬に乗せるのを手伝いました。「だいじょうぶですか?」と、声をかけると、おじいさんは馬上からニッコリと頰笑み、なんと、その直後、手綱を自分で引いて馬を進めたのです。背筋を伸ばし、さっそうと馬場を行く姿は患者ではなく、まるで馬術の選手みたいでした。リハビリを終え、馬からおりたおじいさんは再び杖の人になりましたが、「馬のおかげで力強く歩けている気分だ。もっと練習したら風を切って走れるようになるかな」とうれしそうに言っていました。

 治療に使ったのは特別な馬ではなく、競技大会でも活躍しているクラブのいつもの馬たち。でも、乗り手が患者なのを馬が理解しているようで普段より静かに歩くのが印象的でした。

 この体験を通じ、私は馬の勉強、そして医療の勉強をしようと決心しました。そして将来、たくさんの人を馬で幸せにしてあげられたらいいなと思っています。

第32回「心に残る医療」体験記コンクールには、全国から医療や介護にまつわ る体験や思い出をつづった作文が寄せられました。入賞・入選した19作品を紹 介します。

主催:日本医師会、読売新聞社
後援:厚生労働省
協賛:アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)

審査委員<敬称略>
落合 恵子(作家)、竹下 景子(俳優)、ねじめ 正一(作家・詩人)、原 徳壽(厚生労働省医政局長)、外池 徹(アフラック社長)、石川 広己(日本医師会常任理事)、吉田 清久(読売新聞東京本社医療部長)

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

イベント・フォーラムの一覧を見る

第32回「心に残る医療」体験記コンクール

最新記事