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[浅茅陽子さん]ビーズから広がる世界
「これ、今日の服に合わせて作っちゃいました」。身に着けている白とシルバーのビーズを使ったネックレスとイヤリングは、華やかだが落ち着いた雰囲気。グレー系のシックなジャケットとよく合っている。
ビーズアクセサリーを作るのは、たいてい深夜、一人になってから。どんな色や形がいいのか、合わせる服を想像しながら一つ一つビーズに糸を通して形にしていく。他のことは何も考えない。「モヤモヤした気持ちが消え、無心になれる。癒やしの時間です」
20年前、衣装に合うアクセサリーが見つからず、「自分で作ってしまおう」と思ったのが、きっかけだ。当時はまだ、ビーズを豊富に扱う手芸店が少なく、問屋にまで足を運んで好みのビーズを探した。作り方は自己流で、ビーズを通す糸には釣り糸の「ハリス」を使い、しっかりとした形に仕上げる。
作り上げたアクセサリーはこれまでに1500個を超える。「何をやっても三日坊主だったのに、これだけは続いている。不思議ね」と笑う。身に着けると共演者らから「ステキね」と声をかけられ、「作ってほしい」と頼まれることも多い。
10代はファッション関係の仕事がしたいと思っていた。東京の文化服装学院で学んだが、スカウトされたのをきっかけに、23歳でテレビの世界へ。NHK朝の連続テレビ小説「雲のじゅうたん」で、飛行家を目指すヒロインを演じた。以降、テレビドラマに舞台にと活躍。実力派女優として認められるようになった。
転機となったのは、50歳を前に挑んだ舞台「不死鳥ふたたび 美空ひばり物語」。美空ひばりの役を与えられ、「自分にできるのか」と思わず崩れ落ちてしまいそうなほどの不安を感じた。公演を重ねたが、どうしても自分の演技に納得できない。「それまで積み上げてきた役者としての経験やノウハウを一度すべて忘れて、一から役づくりをし直しました」
その熱意が実り、舞台は好評。6年間で公演回数は340回を超えた。舞台を見に来た美空ひばりファンから、「ひばりさんと同じ目をしてた」と言われた時の喜びは、今も忘れられない。「原点に戻る大切さ」を実感した。
そんな多忙な仕事の傍らに取り組んできたビーズアクセサリーが、実は世界を広げるのに役立っている。
東日本大震災の後、作り始めた「おにぎり」のストラップは3年間で470個以上。共演者やファン、仕事で出会った人々に買ってもらい、収益を被災者支援のために寄付してきた。おにぎりの形にしたのは「日本人の心の原点」を表現したかったから。「作れる数に限りがありますが、コツコツと支援を続けていきたい」
アクセサリー作りの間は何もかも忘れ、無心になれるから、次の仕事にまた全力で臨める。「現状に満足したらおしまい。人間としても女優としても、10年先は今よりもっと進歩していたい」と思っている。(宮木優美)
あさぢ・ようこ 女優。1951年、静岡県生まれ。76年にNHK朝の連続テレビ小説「雲のじゅうたん」でヒロインを演じ人気を集めた。時代劇からミュージカルまで幅広く活躍している。ビーズアクセサリー作り以外にも、ゴルフや釣りなど趣味は幅広い。