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認知症 明日へ

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[最終回]前向きに楽しんで生きる

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「認知症の人と家族の会」富山県支部副代表 山本雅英さん(66)

認知症カフェで、参加者と談笑する山本きみ子さん(左)と夫の雅英さん(富山市で)

 2012年4月にスタートした連載「認知症 明日へ」は、今回が最終回となる。世界的に認知症を巡る問題が注目される中、日本の課題や今後の展望について、認知症と深い関わりがある3人に聞いた。

 妻のきみ子(64)は2009年2月、初期のアルツハイマー型認知症と診断された。異変に気づいたのは、看護師をしていた妻自身だ。夫婦で話し、病気を周囲に隠さずに暮らそうと決めた。妻は勤めていた保育所を辞めた後も、デイサービスで約3年、利用者の健康管理の仕事を続けた。

 郵便局を定年退職していた私も、ヘルパーの資格をとり、同じデイサービスで働いた。若年性認知症の人が、働き盛りなのに仕事ができなくなる現実を知り、利用者の就労支援を始めた。庭の草むしりなど、軽作業を低料金で請け負う。本人がやりがいを感じ、報酬を手に喜ぶ姿を見た。

 昨年4月からは、家族会が富山市内に開設した「認知症カフェ」の運営を夫婦で任されている。週1回、認知症の人や家族ら十数人が集まる。妻と体験を語り、参加者の相談に乗る。行き場所がなく、自宅に閉じこもっているような人をすくい上げたい。就労支援にもつなげ、誰もが居場所があるような社会にしたい。

 診断から5年を迎えた今年2月、夫婦でお酒を飲んだ。症状があまり進まず、いろいろな活動を楽しむことができたことを祝った。

 今も一緒に買い物に行き、掃除や料理を分担する。昨年末から、3年ぶりに夫婦でダンス教室に通っている。新しいダンスは覚えられなくても、昔のダンスなら一緒に踊れる。4月には、オランダとベルギーを旅行する予定だ。

 認知症は大変な病気と思われているが、何もできなくなるわけではない。早期診断のお陰で、薬を飲みながら、楽しんで生きることができる。妻がいい人生を私にくれた。ありがとうと言いたい。(聞き手 野口博文)

◇         ◇          ◇

共生社会作るために こだまクリニック院長 木之下徹さん(52)

 認知症の医療はこれまで、本人というより、介護をする家族などのためになりがちだった。「行動・心理症状」と呼ばれる暴言や徘徊(はいかい)などで苦労する家族らの訴えを聞いた医師が、家族を救おうと、本人を静かにさせる薬を処方してきた。

 こうした医療に、本人だけでなく家族も傷ついてきた。医師自身も、満足しているとは言い難い。

 多くの場合、認知症は治すことができない。予防や治療など、他の病気では医療に期待されている基本的なことに応えられていない。では、医療は必要ないのかというと、そうは思わない。

 「認知症になると何もわからなくなる」と言われるが、そんなことはない。初期の人ならなおさらだ。その段階で医療につながれば、適切な診断を受けられるだけでなく、症状の進行についての予測、生活に必要な支援策や、注意すべき点などについてアドバイスを受けることもできる。認知症を自分で理解し、主体的に質の高い生活を送るための準備ができる。その後の生活は大きく変わるはずだ。

 だが、現状では医師も含めて初期の人への理解や支援のノウハウが共有されていない。医師だけでなく、認知症になった人自身にも、この病気への偏見がある。

 不安や偏見をなくすには、支援があれば充実した生活ができるという事実を社会が共有することが必要だ。本人の発信が増えるなど、その流れは少しずつ広がっている。

 高齢化で認知症の人が周囲にいるのが当たり前の時代がくる。共に生きる社会を作るには、社会全体が認知症への視点を変える必要がある。(聞き手 小山孝)

◇        ◇        ◇

当事者中心の国家戦略を 労働政策研究・研修機構研究員 堀田聡子さん(38)

 今年度から、国の認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)が始まった。認知症の人は症状が悪化すると施設や精神科病院に入らざるを得ないという考えを改め、住み慣れた地域でできるだけ長く暮らし続けられる社会を目指す。従来の「ケアの流れ」を変えることを打ち出した点で、画期的と評価できる。

 世界的にも、急増する認知症の社会的・経済的影響の大きさが注目され、昨年、初の「G8(主要8か国)認知症サミット」が英国で開かれた。認知症の人と家族の「生活の質」の向上が、各国共通の目標だ。

 ただし、欧米では施策を国家戦略と位置づけ、大統領や首相がリーダーシップをとり、認知症の人と家族、医療・介護関係者、研究者らが一緒になって、施策の立案や推進、評価を行う体制を作っている国が多い。

 一方、日本のオレンジプランは、厚生労働省の枠を抜け出ていない。省庁横断はもとより、産業界も巻き込んで、認知症の人を中心に据えた国家戦略と位置づける必要がある。

 オレンジプランでは、何を何か所整備するといった数値目標は掲げたが、実現したい社会に近づけたかどうかを評価する仕組みがない。そのため、整備すること自体が目的化し、その人らしい生活を送れるようにするという本来の目標が見失われがちだ。施策の理念に基づき、成果指標を設定し、継続的に推進する枠組みを設けるべきだ。また、政策だけでなく、ケアについても「本人中心」を徹底していくことが大切だ。

 認知症をきっかけに、地域の様々な資源を活用し、誰もが安心して暮らせる街づくりにつなげていくことが欠かせない。(聞き手 本田麻由美)

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