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第32回「心に残る医療」体験記コンクール

イベント・フォーラム

[一般の部・入選] 軽くみられるけれど

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椎名 仁美(しいな ひとみ)(27)  神奈川県・事務

 重い病気ではないのかもしれない。

 がん患者に比べれば、はるかに自分は幸せなのだろう。しかし、周りを見渡せば自分のような者はいない。

 顔に手をやる。石が埋め込まれたようにごつごつしている。見ても治らないのはわかっているのに歩きながらでも鏡を見てしまう。そして嫌悪感。十五年もの間悩みの種であるニキビは、未だ消えない。

 病院にもずっと通い続けている。そのおかげか、良くなるときもある。しかし治るわけではない。ひどいときは、誰にも会いたくないし、街を歩けば、皆が汚い物を見るように自分を見るのだ。それでも、治療費を稼ぐ為に、どうしても外に出なければならない。みんなが自分をバカにしている。そう思いながら生きる毎日が、本当に辛かった。

 社会人になって四年間通っている皮膚科には、二週間に一度通っている。先生は、六十過ぎの女医ひとりだ。

 ニキビ治療費は高い。場所によれば、一回の治療費十万を軽く超える。一般事務の私には、そんな治療は現実的に無理なので、一回一万で済むピーリング治療を行っていた。それでも月二回、薬代や光治療も合わせると月に三万の医療費だ。一人暮らしの一般事務社員には本当にきつい。周りの子でこんなに医療費がかかっている人間はいない。

 お金もかけている、二週間に一度の通院も欠かさない。それなのに、ニキビが悪化するときがある。精神的に崩壊しそうになる。そんな時期に先生が言った。

 「こんなに治療しているのに、治らない。あなたには、なにかあると思うの。とても悩んでいること」

 限界にきていた私は病院で大泣きした。ニキビが治らないこと、そのせいで皆にバカにした視線を送られること。自分以外の同期が婚約や結婚をしている中、自分だけ取り残されていること。

 他人からすれば、くだらない悩みを先生は私がすべて言いきるまで聞いてくれた。そして言った。

 「あきらめないこと。一緒に頑張りましょう。私もあなたをあきらめない」

 いつも口調のきつい先生だった。けれども、きちんと向き合ってくれたことがうれしかった。それまでかかってきた医者は、二十五歳になれば治ると軽々しく言ったり(結局二十五歳になっても治らなかった)、ストレスが原因だと、ストレスという言葉ひとことで片付けられただけだった。その原因まで知ろうとしてくれたのは、今回が初めてだった。精神科医の分野になってしまうのかもしれないが、気持ちが楽になったのも事実である。

 他人に心の中で溜まっていたものを吐き出したのが功を奏したのか、その後ニキビは快方に向かった。単に良くなる時期だっただけかもしれないが、今までの中で一番肌が綺麗になった。肌が綺麗になると、仕事もプライベートも上手くいきだした。先生も私の変化を見て、一緒に喜んでくれた。

 そんな中、先生は私に病院を閉院することを告げた。

 「実は一年前に離婚したのよ、私」

 六十過ぎの先生だった。この歳になって、離婚はきついわよ、と先生は笑いながら言う。

 先生は自分も辛い中、私の小さな悩みを聞いてくれていたんだ、と思うと、申し訳なさと、感謝の気持ちが溢れ出した。

 「病院を引退して、私の人生を歩もうと決めたの。あなたも綺麗になったわ。本当に頑張っ た。あなたのニキビはしつこいから、まだ少し心配だけれどね」

 そう言って先生は別の病院を紹介してくれた。カルテもすべて渡しておくとのことだ。

 最後の日、

 「私は神社巡りが好きなの。今度行ったときは、あなたの幸せな将来についても一緒に祈るからね」

 先生は、笑顔で握手をしてくれた。

 「本当に、頑張ったわね」

 私は、心の底から先生に感謝の言葉を述べた。

 今後、ニキビは再び悪化するかもしれない。治ったと思っても、完全に治っていないことが多い病気だ。

 それでも、時間はかかるが良くなる。あきらめないこと、それを心に置いて向きあっていこうと思う。

第32回「心に残る医療」体験記コンクールには、全国から医療や介護にまつわ る体験や思い出をつづった作文が寄せられました。入賞・入選した19作品を紹 介します。

主催:日本医師会、読売新聞社
後援:厚生労働省
協賛:アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)

審査委員<敬称略>
落合 恵子(作家)、竹下 景子(俳優)、ねじめ 正一(作家・詩人)、原 徳壽(厚生労働省医政局長)、外池 徹(アフラック社長)、石川 広己(日本医師会常任理事)、吉田 清久(読売新聞東京本社医療部長)

 

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