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[東理夫さん]本格バンドでやわらか頭

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バンド仲間と練習する東さん(左から2人目)。「5月のライブに向け、新曲をマスターしたい」(神奈川県鎌倉市で)=本間光太郎撮影

 「ワン、ツー」と合図をして、弦楽器のアップテンポな演奏が始まった。そこにメンバーの歌声が重なり、心地よいハーモニーを奏でる。

 2006年、友人3人と、米国の伝統音楽「ブルーグラス」のバンドを再結成した。ギターやバンジョーなどの弦楽器で演奏するのが特徴。ブルーグラス発祥の地の一つとされる米国の地名にちなみ、バンド名は「オザーク・マウンテニヤーズ」と名付けた。平均年齢69・5歳。そこでボーカルとギターを担当する。

 両親ともにカナダ生まれの日系2世。自身は東京で育ったが、家族同士が英語で話をすることが多かった。そうした事情もあり、小学生の頃から、進駐軍の英語によるラジオ放送をよく聴いた。そこで流れるカントリーミュージックなど米国音楽に夢中になり、中学でギターを弾き始めた。

 大学に進学後、学生仲間とオザークを結成。現在のメンバー、小柳征夫さん(71)、中村隆一さん(70)とは当時からの付き合いだ。「50年来の友人。もう兄弟みたいなものです」

 プロの演奏家を目指したこともあったが、「約1年間活動して、浮き沈みが激しいプロの世界は合わないと思いました」。その後、音楽の知識や経験を生かして音楽雑誌への寄稿やギターの教則本の編集などに携わり、執筆業の仕事が増えていった。小学生の頃から作文が得意で、作家になってみたいという夢もあった。

 もっとも、執筆の仕事をするようになってからもオザークのメンバーらと、東京の自宅で、趣味で演奏を続けた。ところが、約30年前に神奈川県鎌倉市に引っ越してからは、メンバーの家が遠くなり、集まる頻度が激減。それぞれが仕事で忙しくなって集まりづらくなったという事情もあったようだ。東さん自身、「ケンタッキー・バーボン紀行」を1997年に出版して話題になるなど、ノンフィクション、小説、エッセーなど、仕事の幅が広がっていった時期とも重なった。

 転機は8年前。バンドのメンバーが59歳で病死した。葬式でメンバーが顔を久々に合わせ、「『またバンドを本格的にやりたいね』と自然に話がまとまった」。

 その時以来、月2、3回、主に千葉県在住のメンバー宅に集まって練習する。自宅から電車で2時間かかるが、ライブも行うようになり、練習が楽しみになった。ライブ用に、そろいの黒いスーツ、テンガロンハットを新調。「ビシッときめて気合を入れる。素人とはいえライブで下手な演奏を披露するのは失礼ですから」

 練習中、「弦を爪弾くピックがなくなった」と捜したり、弾き方を若いときのように習得できなかったりすることもある。「どこかとぼけているのは、『老人バンド』のご愛嬌(あいきょう)」と苦笑するが、同好の仲間と過ごせる時間が何よりの喜びだ。午前2、3時まで執筆を続ける日々が続き、バンドの練習が、ぜいたくな息抜きになっているという。

 「音楽と真剣に向き合うことを通して、望郷、失恋、別離など様々な人生観を学ぶことができる。そうしていると、思考が凝り固まらず、自然と若々しくいられるんです」(山村翠)

 ひがし・みちお 作家。1941年、東京都出身。放送作家、楽器教則本の編集者などを経て、85年に「スペンサーの料理」を共著で出版し、作家デビュー。米国文化への造詣も深く、著書に「エルヴィス・プレスリー 世界を変えた男」(文芸春秋)など。5、6月に首都圏でライブを開く。

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