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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

yomiDr.記事アーカイブ

検査に見る、医療のグレー領域

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 前々回(風疹は子供に流行はやったほうがいい?)、家内は風疹のワクチンを打ったのに、抗体価がマイナスだったとお話ししました。どういうことでしょうか。

 ワクチンは他の感染症にかかっているときに接種すると効果が減弱します。他の感染症をやっつけることにも免疫系が働くので、風疹だけに集中できないのです。また、免疫抑制剤やステロイドをたくさん飲んでいると、免疫反応が弱まるので、ワクチンの効果も不十分になります。でも家内の場合は、今から思い出す限りそんな用件に該当することはありませんでした。しかし、10年以上前のことで、当方もワクチン接種後にまさか抗体価がマイナスとは思っていないという失態を演じていますので、記憶も実は定かではありません。


風疹の抗体価検査は100%ではない

 もうひとつの可能性は抗体価の検査の正確性です。医療に正確性の問題などあるのかと疑問に思われるかもしれません。医療はシロクロがはっきりしているサイエンスの世界に思えますよね。僕もはるか昔はそう思っていました。でも実は非常にグレーの領域が多いのです。つまりシロクロがはっきりしない部分が多いのです。風疹の抗体価の検査とは、十分な風疹に対する免疫力がありますよというお墨付きです。その正確性に実はちょっと問題があります。

 まず、抗体価が陰性、つまり風疹に対する免疫がない人が、ちゃんと陰性と診断される可能性を特異度といいます。これは実は100%と言われています。つまり風疹に対する免疫力がないのに、抗体価が陽性と出て誤診されることは0%であるということです。そういう風に検査値の境を設定する目的は、検査では免疫がありますよと言われたのに、風疹に感染してしまったということを防ぐためです。

 今度は、抗体価が実は陽性、つまり風疹に対する免疫力がある人が、ちゃんと陽性と診断される可能性を感度といいます。風疹の抗体価の検査の感度は98%とも言われます。つまり100%ではないのです。数%は免疫力があるにもかかわらず、風疹の免疫力がないという結果となります。これは誤診と言えば誤診ですが、最悪の事態にはなりませんね。陰性と診断されれば、ワクチンを打てばいいことです。

 理想的には感度も特異度も100%です。でも医療分野の検査では通常そうならないのです。検査値は基準を設定します。これより上はクロ、これより下はシロといった具合に。そしてその基準値の設定次第で、通常、感度が上がれば特異度が低下し、感度が下がれば特異度が上がります。風疹のように、特異度を100%にすることがなにより安全な基準値設定ですから、感度を少々犠牲にすることも致し方ないですね。もしかすると家内も実は免疫力がありながら、検査では陰性となったのかもしれないですね。


検査陽性でも40%はインフルエンザ

 さて、インフルエンザはどうでしょう。インフルエンザの簡易キットを使用すれば、15分前後で簡単に検査ができます。その感度は流行時期では約60%、特異度は98%以上と言われています。つまり流行時期ではインフルエンザでない人が間違ってインフルエンザと診断される可能性はほとんどないということです。しかしインフルエンザでないという結果が出た人でも40%が実はインフルエンザだということです。

 「医者に行って、インフルエンザの検査をしたけれど、幸いにもマイナスだったから、普通の風邪よりはどう考えてもつらいけれども、会社に来たよ」なんて話も聞きます。わかりますよね。本当はインフルエンザの人でも40%は陽性にならないのです。つまり、実はインフルエンザに罹っている可能性が相当高いですね。

 そして、臨床現場は、インフルエンザの簡易診断がマイナスでも、臨床症状がインフルエンザであれば、インフルエンザの薬を処方する先生もいます。つまりマイナスの結果を織り込み済みで治療しているのです。そうであれば、症状からインフルエンザ感染が確定的であれば、インフルエンザの検査は不要ということも言えますね。

 感度と特異度がともに100%の検査はない。つまり医療はグレーの部分が結構あると思ってくださいね。そんなお話でした。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

 前々回の記事へのご意見で、「身辺にお一人ワクチンで抗体価が上昇しなかった方がおられたから、と、それを一般化しようとするのは科学的な態度とはいえません」というご指摘を受けました。

 僕は科学的態度を取ろうとは思っていません。とんでもないことも起こりえるという認識を持ってもらいたいだけです。前回掲載した患者会の方のご意見にも「抗体価は大丈夫だと言われていたけれども、子供からうつった方もいます」とありますよね。これは科学的には非常識ですが、事実ですね。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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