文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

こころ元気塾

ニュース・解説

企業の手法 検診へ手招き…心理を研究、受診率向上

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

販売・広告戦略を活用

パンフレットを作った背景を説明する福吉さん(左)と石川さん(東京都渋谷区のキャンサースキャンで)

 いいとわかっていても、しようとしないことがある。がん検診など健康に役立つことを、人間心理を研究することでより多くの人に実行してもらおうという試みが注目されている。

 神奈川県茅ヶ崎市で昨年度、乳がん検診の受診率がそれまでの6%程度から13%へと、倍になった。40歳から5歳刻みで60歳までの女性に無料クーポン券を送っていたが、昨年度は、このクーポン券を送った4か月後に再度、受診を呼びかけるパンフレットを送った。このパンフレットが、受け手の心理を研究したものだった。

 表紙をめくると目に飛び込むのが、「本来約1万円の検査ですが、市が約1万円の助成をするので自己負担はゼロ」という文言だ。「健康にいいことを実際に行動に移すには『きっかけ』が重要」という米国の行動理論に基づいている。「今のうちに実行すると得をする」という情報が「きっかけ」として心に訴える。

 他のページには「乳がんは40~50歳代女性の死亡率第1位」「早期に治療すれば、治療後の5年生存率は約99%」「マンモグラフィーはこんな検査」……。がんが心配な人ほど受診率は高い。がんを自分のこととして考えてもらう。検査自体や、がんが見つかることに不安がある人は受診しない傾向があることから、この不安を取り除く。「受け手に届くメッセージを吟味して伝えるのに苦労しました」と同県がん対策課長の中澤よう子さん。

 この事業にノウハウを提供したのは「キャンサースキャン」(東京都渋谷区)という民間調査研究機関だ。社長の福吉潤さんは、企業で商品の企画、市場調査、宣伝などを行うマーケティング部門で働いていたが、2006年、米ハーバード大学大学院に留学。そこで健康政策を学んでいた石川善樹さんに出会った。

 健康によいことでも、なかなか行動に移さないのはなぜか。より多くの人に実行してもらうには、どうしたらよいか――。米国には、消費者心理に敏感な民間企業の販売戦略から学ぶ、ソーシャル・マーケティングという分野があることを知った。

 検診の受診率を上げる方法の比較では「無料にする」「受診しやすい環境を整える」を抑えて、未受診者に再度、わかりやすいパンフレットを送る「コール・リコール」という手法が1位になったという研究がある。実行しやすくすることは大切だが、それ以上に十分な注意喚起できっかけを提供することが重要ということだ。「日本でもやってみよう」。帰国後の08年、2人でキャンサースキャンを設立した。

 ソーシャル・マーケティングは国立がん研究センター(東京都中央区)でも研究が始まっている。福吉さんたちも参加して、がん検診を呼びかけるパンフレット作成などのほか、就活を機に大学生に禁煙を呼びかける戦略の研究もしている。同センター保健政策研究部長の山本精一郎さんは「研究者の情報は正確だが、まじめで面白みがない。こうした手法の活用で多くの人にがん予防に取り組んでもらいたい」と話す。

 福吉さんは「生活習慣の改善や、職場の心の健康対策などにも展開していきたい」と意気込んでいる。(館林牧子)

ソーシャル・マーケティング
 企業のマーケティング(市場分析や商品の企画、広告宣伝など)の手法を社会問題の解決に活用すること。1970年代から海外で健康状態の改善をはかる手段として注目された。米、英、加などでは国の専門機関がある。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

こころ元気塾の一覧を見る

最新記事