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[八名信夫さん]悪役一筋 機関車の武骨さ

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雑誌の仕事で蒸気機関車の機関室に乗った時の写真を手に、「頑丈で力強いから、安心して乗ってろ、と言われているような気になる」=安斎晃撮影

 雑誌の仕事で、大井川鉄道(静岡県)を走る蒸気機関車に乗ったことがある。石炭をスコップでかまに投入すると、炎がゴーッと渦巻いた。

 黒く武骨な車体をぎしぎしいわせて、坂道を力強く上っていく。そんな機関車は、悪役俳優の道を歩んできた自分と似ているような気がするのだ。

 「最近、乗るのは新幹線ばかりだけど、やはり蒸気機関車が好きだね」。仕事の合間をみては、鉄道博物館を訪れたり、地方の路線を走る機関車を見に行ったりしている。

 父が国鉄に勤めていたため、線路のそばの官舎で育った。蒸気機関車が、ゆっくりと、しかし力強く山道を上ってくるのを「かっこいいなあ」と眺めていたのを覚えている。父は「蒸気機関車は、山道で止まったら後ろに下がってしまう。前進するしかないんだ」とよく話していた。

 プロ野球「東映フライヤーズ」に投手として入団したが、腰を痛めた。東映の社長から、「王や長嶋に打たれるよりも高倉健に撃たれろ」と勧められ、1959年に東映の俳優としてデビューした。

 しかし、なかなか役に恵まれなかった。ただ、悪役を演じて高倉健に撃たれると、わずかな時間だがスクリーンに映った。

 「これまで1200回以上は死んできた」という。「倒れるだけ」という演技はしたことがない。足元に砂をまいて、撃たれるとトレンチコートのまま長身を回転させながら倒れ、派手に砂を巻き上げる。撃たれて川に落ちたときは、川底の石をつかんでしばらく身を潜めた後、「死体」となって水面に浮かび上がる。「死ぬ前の9秒間で悪役の華を咲かせるんだ」

 悪役一筋。着実に歩み続けるうちに、大物俳優から立ち回りの相手役として指名されるようになっていった。こわもてを買われて出演したコマーシャルのセリフ「まずい、もう一杯!」で一躍人気者になったのは、90年だった。以前は近づいてこなかった子どもが、歓声を上げて駆け寄ってくるようになった。

 地方の蒸気機関車に乗ってのんびり旅したい、と思う。

 時間に少しでも余裕がある日には、マネジャーに「ゆっくり行こうよ」と声をかける。ある日は、講演のため、東京駅から愛知県に向かうのに、「こだま」に乗った。一駅一駅止まり、のぞみやひかりに次々と追い越された。停車中の車両からホームに降りて、大好物のちくわを買って車内で食べることもある。「人生は急がなくてもいいんだ」

 講演のテーマは「教育」や「子育て」。蒸気機関車のように着実に歩み続けてきた武骨な78歳の悪役が、「弱い者いじめはするな!」と訴える。

 「あと何年続けられるかわからないけど、これからも鉄道で全国を巡って話し続けたい」 (吉田尚大)

 やな・のぶお 俳優。1935年、岡山市生まれ。映画「網走番外地」「仁義なき戦い」などに出演。83年に悪役仲間で「悪役商会」を結成。映画で頑固ながら優しい水道業者を演じたり、岡山市の観光キャンペーンの動画に出演したりと、悪役以外でも活躍している。

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